いじめはいじめられる側にも問題、どう思う? ブログネタ:いじめはいじめられる側にも問題、どう思う? 参加中

イジメ問題は
イジメをしている側にも問題があるが
イジメを受けている側にも問題がある

摩り替えと思われるかも知れませんが
それならば・・・

(第一例)
応援した政治家が要望と逆の政策を打ち出した場合
その政治家に投票した奴に問題がある

或は

(第二例)
乗車していた列車が運行支障事故(軌道内不法侵入)で抑止した場合
乗っていた旅客に問題がある

まだ有ります

(第三例)
登山中に落雷があって被災し重傷を負った場合
落雷した負傷者に問題がある

もう一つ

(第四例)
街を歩いていたら突然刃物を持った面識のない者から襲われ負傷し死亡した場合
殺された人に問題がある

以上の四件で検証致します

第一例の場合
法的に責任は問われないものの
道義的に
「投票した責任」
があると
一部の法制学者さん達は唱えているそうです
言わば投票した起因が
政党か個人か・・・
それはさておいて
その候補に投票して見事当選したのは良いのですが
自身の意図する方向の政策を打ち出さず
結果として自身に不利益となった
この損害に関して
この投票した人は
その賠償を議員に請求することは出来ません

いわば
「自己責任」
という奴でございましょうか

ですから
これは
「投票者が損失を認知した際に発生する問題として、投票者に自己完結の問題がある」
と言えましょう

この損害の補償は出来ませんが
その拡大を防止するには
「二度と裏切者に投票しない」
とする策が適切で
しかも
唯一であります

第二例ですが
これは明確に軌道内に不法侵入した者が悪いことになります
法律でもその罰則が明確で
実は多々悲観して自身の生命をそこで絶つ覚悟で・・・
とした場合でも
「鉄道法規に違反する被疑者」
となってしまうものであります
これを論拠として
鉄道会社はその本人若しくは家族などに
損害賠償請求の権利が発生するもので
とにかく
汽車にしろ船にしろバスにしろ飛行機にしろ
止めた奴が悪いという事になります

従いましてこの場合
その列車に乗ってしまった旅客に問題や責任は無い
と考えて正解です

第三例ですが
この場合の一義的損害請求の相手は
「発達した雷雲」
となります
法律の視点としては
「損害の請求権の発生は、その請求先の確固とした存在の確認が出来る対象が有る場合に限る」
とした考え方ですから
常にそこに存在しない
自然を起因とした事故で責任を問うことは出来ません

その考え方から
保険などで
「自然災害によるものは保険の対象にならない」
とする考え方が確立されたものです

また「地震保険」は
非常に特殊な商品として構成・販売されているもの

認識しなければなりません



二義的な損害賠償請求は
「その場に置く環境を作った人間」
が対象となります

これが旅行会社によるパックツアーで
その誘導者やガイドさんが同行していた場合
その誘導者(ツアーコンダクター=旅程管理をする者)やガイドさんが
損害賠償の請求先
となります
全く予兆などなく
突然何処か遠く数百キロから飛んでくる雷撃などありません
ただそれが
霧なのか
雷雲なのか
雲の中などに居たら判別は困難となるのも事実です

これが個人ですと
やはり
「その責任は負傷者自身」
となります

第四例ですが
これは常識的に見て
「面識の無い被疑者」
が悪いものとなりましょう

「被害者に何の落ち度も無く」
と良く裁判で判決文に記載されるのはこんな事例でして
法律的にも道義的にも
この
刃物を振り回して襲った奴

損害賠償請求が向けられることになります

しかし課題は
「被告の人権」
と言う課題です

「犯罪者と言えども国民である限り基本的人権は保障されなければならない」

これは難しい問題ですが
確かに一面ではその通りでありますね
と言わざるを得ません

しかし

それならば

「被害者の人権はどうなりますの?」
と問いかけられると
大抵の「人権派」と自称する皆様は歯切れが悪くなります

永山基準
と申しまして
「二人以上を殺害した場合に死刑が適用出来る」
とした
裁判所の基準が文章などになっていないものの
一つの「しきたり」としてございます

例えば一人を殺害したとして
それなら罪は軽いのでしょうか?
それが少年なら
許してしまって良いのでしょうか?

小生は
「人命より重いものが無い限り人命は人命により責任を果たすべし」

考えます

話を戻しますと
この
「通り魔事件」
の被害者に対して
「オマエがそこに居て殺されたのが悪い」
なんて
誰が言えましょうか?

ただ
殺人とは非常に広義な「事象」を指す言葉で
殺意が無くとも
結果として誰かを傷付けて死なせた場合も
広義としては「殺人」となります

但し法律では
「過失致死」
と呼ばれて
「殺人」
とは別のものとして認識され
罪状量刑も異なります

さて

イジメ
と言う言葉もかなり広義の意味を抱える言葉です
更に
「何の面識も無い」
訳でもありません

ここで御留意賜りたいのは
小生ここで偉そうに書いております
「イジメ」

未成年者が未成年者の複数若しくは個人による威圧・暴力行為
を指すものではなく
「人」
つまり
年齢による差別は考えておりません

何故なら
そもそも
イジメ
と言う心理が
年齢や地域・職業・性別の如何を問わず
広く存在している現実からの視点で
屁理屈を捏ねているだけのものでありますもので・・・

それらの広義的なイジメ
例えば
現状でも苦しい家計であるのに一方的に増税されて
しかも
労働雇用環境や
住宅の狂気とも言える高額費用や
収入額を無視した各種税金や公的保険料や
そんな中で
「モノを買う都度に発生する税金」
これは
「貧乏人は死ね」
とした
財務省主導の政治家どもによる
「庶民イジメ」
いや
間接的な大量殺戮であります

今後必要となる増税かも知れませんが
消費税を上げたいなら
先ず
高級事務職公務員の給与を生活保護世帯と同額とすべきもの
そこまでして苦労しているんだな

広く国民が認識すれば
同じ「消費税倍増」も
後の世に美談として残りましょう程に・・・

国鉄の分割民営化に際して
既に準職員や現場採用となっていた全国「万」の若者が
何一つ補償も救済措置もなく世間に放り出されました
自由民主党をはじめとした
政治家先生達・・・
言葉上では反対と言いつつも
それら「現実」に有効な策など受け付けも取り上げも出来なかった
野党とて同罪です
小生知る限り
四人の十代の若者が自ら命を絶っております
これも
「国家のイジメ」

そこで改めて
「イジメられる側にも問題がある」
と言う者に断固宣言する

「イジメは原則として仕掛けた側が悪」

これを異論とするなら
徹底して多面的に論議に応じますし
徹底して戦います

格好を付けて容認者=オトナを気取るな大馬鹿者
そんな
「勘違いなオトナの行動」

個々に発生している
子供達世界の「狂乱」を
潜在化してしまっているのだ

さて

その未成年者同士が加害者・被害者となるケースにのみ絞りましょう

深刻なのはそのイジメが
「遊び」

認識されていることであります

やるのなら
一対一
それもステゴロでタイマン張れよ
それが出来ないからこそ
徒党を組み
単独を攻撃しているのであろう

その心理の奥底に
「イジメている奴等の精神的危機」

強く感じるものです

三十年も四十年も前から
イジメ
はありました
そして小生もまた
そのイジメのターゲットにされました



発端は学校内で発生した
知的支障がある一人の男子生徒を
六・七人の生徒が集団で暴行した事案

これは学校内で問題となり
放送部に居た小生は
校内のその事件に関する作文を選定して
後輩の女子生徒に集会で朗読させました

これを
「奴が言わせた」
となりまして
この馬鹿集団が
御丁寧に呼び出したものです

「放課後に校門に来いよ」

小生は既にこの頃
一人の学校教師と
当時住込となっておりました左系政党活動家の新聞店主に
それこそ今日なら
「児童虐待」
で有罪・懲役となる事案を実施されておりまして
夕刊配達の時間があるものですから
とっとと裏手隣接の小学校から帰っておりまして

それは毎度のことでしたが

この馬鹿共
23時過ぎまで校門でたむろし
管轄警察署が複数の警邏自動車と署員を動員し
全員が補導されまして

待つったって
限度がありましょうよ
第一
教師達がそれを視認していたのに
その場で対処出来ない
つまり
「生徒の人権を保障出来ない」
それも問題ですが・・・(教師の一人が機転を利かせて市民を経由して通報させたとか)

小生に
イジメられる問題はありますか?



転校生なのに生意気だったことは否定しませんが・・・

この事件は昭和54年秋に
東京都清瀬中学校で発生した事実です
つまり
その頃から
学校と言うシステムは
「生徒の身体・生命・財産を保護する」
原則に欠けていたものです

しかし

イジメはあくまでも
イジメを仕掛けた奴が悪い

しかも今日は
程度が悪質化しているのは事実です



それを怖がって
逃げて
耐えて
自身に秘めて・・・

それは全く美徳でも偉くも何とも無いのです

悪を悪と知り見過ごすことはその悪よりも悪(日蓮大聖人御書/主旨)

不当な所業に対しては断固戦うべし
それを学校に頼るな
もっと広く
全日本国民に問いて
その上で確実に戦ってくれる「同志」を見出す努力をすべき

もう一度繰り返しますが
国連人権憲章
日本国憲法
刑事関係法
から見ても

一個人に対して複数・集団による威圧・暴力は悪です

但し
その「被害者」が別の角度では「加害者」となっているならば話は別です

一見
「悪評を立てられてイジメられている」
とされる個人や組織があったとします

その一面だけなら
「何て卑劣なことをするのだろう、そのイジメている奴等は」
となりましょうが

その一方で
別の個人や団体に対して威圧・妨害
時には犯罪類似行為をしているとするなら
どうでしょうか?

例えば
判り易く例えばのお話ですが
「ウチの事を疎ましく思って全国新選組サミットを叩き出し、悪評を振りまいている」
とする団体があったとします
しかし
そこが
「費用不払」
で商品を買い入れ
それを他の新選組サミット団体で売り付け
しかも
「販売補償なし」
売れ残りそうなものでも返品不可

この一件だけでも詐欺に類似しますが

しかもそこは
元政治家を使ってとある貧乏組織の運営を
ある時は商工会議所所管の貸与中羽織を取り上げようと画策
ある時はイベントに際して「他に見せない」ようにすべく会場を移し
別のスタッフを立て「ここに居るな」と曰しめ
自身関係する観光協会を通じ市役所に「黙殺」を要求する

これ
その妨害を受けた側としては
当然の「権利保全」と
要員・組織の名誉保護の為に
刑事法廷覚悟で抵抗しますよ

この団体の被害は平成16年より受け続け
今日では現地の千葉県はもとより
茨城・東京・京都
と拡大
加えて
今日も平然と
「ウチは健全に頑張るボランティア」
と言い
観光協会経由ではその「犯罪類似行為団体」が
さも
窓口の如き案内誘導をされております

これ

批難するはイジメとなりましょうや?

個別に関係事実と共に
事案発生の環境事実

社会的常識にてらして確認し
そのイジメ事案の本質の探査と
処置
そして
事態の改善に向けた確実な方策
を得ることが
当然の「イジメ対処」です

残念なことに
今日の学校にそれら司法権を付託するには不安です

今回の滋賀県下で発生した事案は
直接間接を問わず
「殺人事案」
であり
これで県警察本部刑事部署が捜査に立ち入ったことは
誠に至極当然であります

しかし

この亡くなられた少年の人権は
誰が護るのでしょうか

少なくともこの少年の名誉は
もう「事後報告」の形でしか守ることが出来ないのです

殺した者の人権は
そこそこ配慮はすべきです
しかしそれは
司法権行使が法制上認知されたる職務の者がするべきで
学校関係者や教育委員会もそれはすべきでは無い
諸君等は裁判官ではないのであります

ただ

そうする前に
生徒指導
なんて格好付けをする前に
加害者少年も自身に不明な何かで苦しんでいる
被害者少年はその数万倍の現実的課題で苦しんでいる

その
「抜苦与楽」(ばっくよらく=苦を抜き楽を与える、菩薩行の原則)
に取り組まなければなりませんでしたねぇ

今日の学校と言う存在が
多面的に
「生徒イジメ」
をしているのですから

世間からイジメなぞなくなりますまい

ただ
現状に甘んじる事なく
イジメられているならば
戦え

戦って
自身に反省すべきものが見えたなら即座に訂正し改善すれば良いだけのこと
その上で不当に権利侵害が為されるのであれば
徹底して戦え
小学生とて法廷闘争は可能ですし
銭が無くとも
民事法廷にイジメっ子を引き出すのは不可能ではない
但し
敵を敵として認知したら一生を通じて妥協や容認などするな
その相手の人間を憎むのではなく
「イジメよう」とする心理を憎め
憎んで憎んで決して許すな

さすれば自身がその「イジメを快楽」と覚える地獄に落下するを防ぐことになりましょう 

自身は先ず自身が守る
その意識が無ければ
助けようもありませんものですよ。