うれしかった偶然 ブログネタ:うれしかった偶然 参加中
小生は変態でございます

いや
当ブログを御拝読続けておられる
若しくは
小生本人を御存知の
皆様には
既にご承知置きの事柄ではございますが

何をどうやっても
所詮無学浅識は隠し通せるものでもなく
そんなものを誤魔化して飾りましても
どうしたものか
露見はしてしまうものでございます

ですから
案外と
専門外のことに関しては
偏向幾多でございます

但し
自身が直接体験し目撃し経験した事に関しては
誰がどう批評しようと
事実である
と申し上げるしかございません

立場が変われば見方が変わる
これを理解出来ますが
その場に居たかいアンタ?
この一言が致命弾であります

その数少ない
小生自信と頑固を以て申し上げられる事に
C623機復活

鉄道による地域活性化企画
がございまして
それに付随して
「観光によるまちおこし」
がございます

実は
その土地への愛着も執着も生命を賭した決意も
「観光によるまちおこし」
には不要です
ただ
人目を引く
「刺激的な何か」
があり
それを具現化する
「予算と土地」
があれば
誰にも何処でも実現出来るものです
但し
ここで申し上げます「観光によるまちおこし」に
対費用効果の実効性

付随する地域経済の堅実な向上
と申します要素は含まれません

それが従前の認識・姿勢による
「観光によるまちおこし」
であります

その何かやろうぜ
と致します行動・事業の目的が
地域の元気化
にあるのであれば
「対費用効果の実効性

付随する地域経済の堅実な向上
もっと申し上げれば
総体的環境の改善
としたものとするのであれば
単に
年一度のイベントで何万「客」が来た
では
喜べないのです
いやむしろ必要なのは
余所者・若者・馬鹿者

年一度50万人を呼ぶイベント

予算4億を掛けたとして
総体収入は幾らでしょうか?

別の見方をすれば
年に一度50万人ならば
毎週1万人を呼ぶほうが
結果として多様な御客様を呼ぶ
と共に
多様な経済を生み出すものとなります
どうしても
イベントになりますと
特定地域の特定事業者に
収入が偏りますし
何よりも
そのお迎えの為に
トイレ・案内所・救護所・防犯防災体制
などなど多々準備をしなければなりません
それらの経費を考えますと
「一大イベント」
の収益性は
それほど美味しいものにはならないのであります

とは言え
そんなに簡単に
常時観光誘引素材など整備出来ません

その課題の奥底にあるものを
理論や机上の数字ではなく
実体験してその本質を探りたい
それが特定非営利活動法人交通文化連盟が
全く商売の違う
流山新選組本陣跡(近藤勇陣屋跡)観光防犯ボランティア
を実施しております理由なのでございます

なので
流山新選組本陣跡に週末居ります
浅葱羽織の和装した一群・・・
北総新選組
こと
弊連盟鉄道輸送警備隊第三業務隊

新選組ファン
の集まりではありませんし
その必要もありません
もっと言えば
創作と現実の区分
が付かない方は
弊第三業務隊隊員として任用するに難がございます



問題はその素材が
千葉県の中でもマイナーな流山市の
その
流山市の中でもマイナーな根郷の
しかも
住宅街の生活道路に面した
私有地の中にあるモニュメントがメインステージで
また
その誘引標的であります「影響人口」が
全国的に見ても全く些少な
新選組
に関係する場所と来たものです
市役所や観光協会は平成16年03月以来
北総新選組に対して協力どころか
妨害や威圧・脅迫・無視などを重ね
近年になりまして市役所の人事が変わり
真剣に
地域観光産業
のありかたを考えておられるスタッフに移り変わり
全くそれまでは違う対処をして頂ける様になりました

元々
現所有者・地元の自治会・商工会議所第二支部・老人会をはじめ
御近所の皆様には
平成16年以来物心両面での絶大な支援を賜り
その恩義のみで今まで無報酬で支出過大にして組織的には対費用効果のとても薄い事を
続けられて来たものであります



現在も行政・その関係組織
更には昨年発足した流山市民限定によるボランティアガイド組織も
「常駐」
を避けております
それは単に
大変
だから
なのだそうです

まぁそうですが・・・(遠い目)

しかし

根本的問題は更に別の処に・・・

あくまで
歴史上の事実事案としての
徳川家家臣団部隊進駐事件
があった場所での観光案内ですが
あまりにも
「それは何」
を明記したものが手近になく
実際に何だったのか
全く不明だったものです

当初は
市販のガイド本や博物館同人誌で調べて
ストーリーを組み立てたものですが
次々と「こっちが正解」
と相成りまして
とにかく一旦
第三者が検証可能で且つその存在が公的に認識され得るもの
により
情報整斉
しなければならない事態になりまして

それ以前に
基礎的な知識を徹底して勉強しなければなりませんでした

そんな頃
以前より幾多御指導を賜っておりました
歴史企画研究主宰・あさくらゆう先生

「長岡屋本陣設置の確証」
を得られ
同時期に
あさくら先生の御紹介により御来訪となられた市井の歴史家であられる
尊王筋肉代表・夜叉鴉氏が
日本史探偵団主宰・大山格先生と
幕末ヤ撃団主宰・梅原義明先生を
弊連盟流山派出所に御案内下さいまして
日本のみならず当事の国際環境を含む全体史から
多角度的に解明・解説して頂く機会を得ました

歴史は連続性・影響性のとても強い事実瞬間の濃密な重なりです
そのテーマに於いて
観光創造
を考えて何か構築し
御客様を御迎えするには
全体としての流れの中に
その「観光素材で発生した事象」の位置関係を明確に知らなくてはなりません
一点に立ち
どちらに向かおうとしても
全体を見通せる地図が無ければ
ただ闇雲に徘徊するだけであります
その徘徊も経験して参りました

小生が最も知りたかった事は
旧暦慶応四年四月二~三日に下総国葛飾郡流山駅
に起こった
ミクロな出来事そのものでは無く
それが
明治維新
にどう関与していたものか
それが先ず知りたかったのです

その時代全体の流れに於いて
その「事象」がどんな位置や影響だったのか
それが理解出来れば
その日の関係人・関係団体の思考や傾向
何より
その個々の人間の反応も
ようやく活き活きと見えて参ります

これがどうしてたかだか観光案内のボランティアに必要なのか
と申しますと

我々の当該事業の目的は先述した通り
文化要素による各地域に適合した観光創造
もっと言えば
その土地の元気化

明確な基礎方程式
が欲しいだけであります

同時に
個別の趣味妄想はそれこそ勝手ではありますが
先ずその場で
「何の事実があったか」
それを根底に御案内すべきものと考えます

それが
徳川家臣団に偏っていたり
流山の地元伝承に偏っていたり
創作物やそれを商業として展開する特定の企業に偏っていたり
では
弊連盟定款に明記した

3条 本連盟は広く国民に対して、交通文化財保存活用とそれらを基とした地域活性化、並びに交通機関利用の促進とそれに連動した国内旅行需要の喚起に関する事業を行い、多くボランティアへの参加機会を創出・提供して、社会・交通文化振興に寄与すると同時に、参加者個々に交通文化財保存活用並びにその技術・精神の後継・継承者として広く社会に有為な人材として共々に成長し、貢献するを目的とする。

にあります
「広く国民に」
「広く社会に有為な人材として共々に成長し」
にはならないものとなります

そして弊害もあります
例えば
創作物であります「るろうに剣心」から独創された新選組隊士・斉藤一が
「左利きだった」
とするものから
「斉藤一は右腰に帯刀する」
とした全く独創のキャラクター設定が
その創作物のファンを通じて半ば「事実化」されている・・・

小生の数少ない自信を持った物言いの中の
蒸気機関車・C623機
ここでも「斉藤右腰帯刀事案」がございます

「日本最大最速の蒸気機関車C623号機は、昭和63年04月29日より北海道旅客鉄道が復元し、函館本線小樽~倶知安間(後にニセコ間)を運行した。この運行は民間団体の北海道鉄道文化協議会が支援したが、その後資金難によって平成07年11月03日に運行を止め、現在は苗穂工場に保存している。」

上の文は「客観的・結果的事実」として散見されるものであります。
しかし相当に肝心な部分が端折られております。

「日本最大最速の蒸気機関車C623号機は、市民団体・北海道鉄道文化協議会が民間企業数社の資金を得て、昭和63年04月29日より函館本線小樽~倶知安間(後にニセコ間)を北海道旅客鉄道に委託して復元・運行した。その後組織の脆弱化や資金難によって平成07年11月03日に運行を止め、現在は苗穂工場に保存している。」

とするべきものであります
何故ならば
「この企画はまさに名も無き市民や職場を去った、或は去るものとなっていた国鉄マンなど市民が、公的資金を頼らずに企画・調整・実施したもので、我が国鉄道史上現状唯一の実例である」
と言うべきものであったからにございます

北海道旅客鉄道の協力は無論大きくございました

それを美談とされたくない程の巨額な費用
この市民団体は北海道旅客鉄道に支払い続けたのです
その費用を全部晒せば
「この蒸気機関車は北海道旅客鉄道が復元して運行した」
とは
多くの方が拒絶したくなられる心情となる
そう確信出来るほどのものです

この「市民団体」部分の割愛は
その事実を知らない鉄道雑誌に出入りする読者や
単に北海道鉄道文化協議会のボランティアメンバーでしかなかった者
などが
自身の空想や妄想から結論しただけのもので
しかし
全てを語れば大きく傷付く実在の人間が
多数居る事から
今迄その心臓部に居た人間を含めて
それを否定したり語ったりしなかっただけの事です

この
虚構の危険

C623機に限ったものではありません

そして
その虚構や無視の中に埋没した無数
小生からすれば英雄・師匠の名誉を死守
これからの「交通文化」はどの方向に向くべきか
を三十年探して参りました組織の
喧嘩担当指揮官として
この
虚構の暴力

容認など出来ないものでございます

「新選組ファンが各々の妄想で尋ねてくるのだからウルサイ事は言うな」
と仰る無責任にして
そんな責務など体験もせず
また今後も経験などしないであろう方もおられます

しかし
弊鉄道輸送警備隊総隊が守備する現場であり
その鉄道輸送警備隊は「シロクニの虚構と言う暴力」に大きく実損を受け
今日もその暴力と戦う姿勢の組織でございますから
新選組ファンが気持ち良くなる
事に対するサービスを御提供する義理も理由も定義もございません
むしろ
「各自妄想は自由ですがこれは本当のお話」
として区分出来る方
いや
こちらが御来訪の御客様としても圧倒的大多数ですが
そんな皆様に適切な御案内が出来る事が
少なくとも嘘を言わずに
それを聴いて頂いた方が思わぬ恥をかかない為にも
適正
である事が肝心なのです

などと
息巻く武闘派坊主頭
丁寧にそれら歴史の事実をお教え下さる方が居なかった中で
個人史と関係する地域史研究の第一人者であられるあさくら先生
幕末を含めた全体史と軍事史に精通された大山先生
そして日本史探偵団の皆様
これらの出会いと研究完成が時期を同じとして
長年引っ掛かっておりました小生の
「流山新選組本陣跡(近藤勇陣屋跡)事案一件」
に関するモヤモヤは
ようやく梅雨明けした思いであります

これこそ嬉しい偶然であります
いや
むしろ必然だったのかも知れません

慶応四年四月三日
この場に確実に呼吸をしていた男達が居たのです

そして
昭和62年03月31日23時45分
吹雪の小樽で
自走する蒸気機関車の姿を見て
涙していた無名の男達が居たのです
その多くが既にこの世に居なくなり
「語られない歴史」
になりつつあります

この全くカテゴリーの異なる「事実」は
一点一致するものがある事に気付き
この文を書くものとしたものです

この二つの事実は
それそのもの直接は日本史に影響する大事件では無く
むしろ関係した個々の精神的に大きな出来事ではありました

それに至るまでの個々些細な経緯は
それらを全体として眺望すれば
つは我が国の政治史
一つは我が国の観光産業史

に於いて
巨大過ぎる影響と動揺を与えた出来事となっていたものです
一点のみ見れば
それは無関係な人間から見て
迷惑
若しくは
悲劇
若しくは
取るに足らないもの
でしかありませんが
その潮流は大きく反射し
一つは我が国独特の民権主義の構築を見て悲劇の戦禍へ
一つは蒸気機関車復活ブームによる鉄道再生の発芽を経て観光の崩壊へ
各々広く多くの日本人に直接揺れ被って行き
その余波は今後も別の波を呼ぼうとしているのです

その波が丁度
千葉県のローカルタウンの一角で
重なった
その偶然
この二つに関わる人間として
この上無い喜びであります

仏典に曰く
無上宝珠不求自得
これを体感している
何とも感激な気分であります。



変態は変態なりに
一分もあります
ってな
お話にござい。