ブログネタ:歴史上、最も極悪だと思う事件 参加中犯罪は社会の病
なんてぇ事を申しますが
社会・・・つまり世間てぇモンが可笑しければ
人間もまたちょいと可笑しくなる
人心乱るるが故に鬼神乱る鬼神乱るるが故に大地乱るる(日蓮大聖人・趣意)
災害に興味がございます小生
この方程式に大変感銘を受けるものがございまして
人間もまた生き物でございますから
世間の変化や自然の変化に
何か影響を受けると申しますのは
自然なものでは無いかと存知上げるものにございます
さて
世間の乱れの最たるものが
国家と言うものの乱れ
つまり政治の乱れにございます
政治の乱れは法律と言う道具で狂った者達の犯罪を「正義」に変えてしまいます
その時その時で「正義」とは好い加減に変えられ使われて参りました
昭和16年3月10日法律第54号・治安維持法
これなぞ天下最悪の法律でございます
そもそも治安の維持に関する法律はそれ以前からもあり
今日もございます
そしてその系統の法律の存在もまた必要ではございますが・・・
何としてもこの法律は過ぎたものでございます
大正期の国家と言われる連中にとって
何が怖いものかと申しますと
世界的規模で澎湃と盛り上がってまいりまして
明治後半にあんな犠牲をして
ようやく局地的紛争「日露戦争」に勝利したものの
微動だにしなかった大国・ロシアを取り潰した
共産主義革命
この民衆のエネルギーに於ける破壊力
まぁ怖いでしょうね
かなりの犠牲を対価として明治維新を成立させたものの
これとて言い換えれば徳川幕藩体制に対する民衆の抵抗とも受け取れます
方式や仕組は違うとしても
民衆の情熱が底にあると言う点では同じです
この法律はその共産主義をはじめとして
帝国皇室や政府体制の保護が何より看板の法律ですが
文底にございますのは政治と民衆生活の乖離が余りに大きく成り過ぎて
政府・軍部が民衆に理解を求めて対立を融和して協働とせしむる
その努力と常識に「億劫」いや「恐怖」を感じたか
既に民衆など見えなかったのか
どの道自分達の保身が第一だったんでしょうねぇ
さてこの法律は当時の政府方針に対立する思想家や団体の破壊をして回り
中にはアンタそりゃ駄目だろうってなモンもございましたが
共産主義に留まらず
宗教団体や共産主義でもない学者や庶民まで・・・
至極当たり前の言い分・ものの考え方をしていた人間まで殺して歩いたんですね
簡便に申しますれば
国家による言い掛かり大量殺人
戦後になりまして
連合国軍が指令を出して
昭和20年10月15日勅令第575号で廃止となりますが
この「責任」は多く警察関係者に振り向けられたものの
司法省では25名の短期間だけの公職追放で済ませて
その殆どが復帰しているんです
法律を道具とした国家の犯罪は
その後の責任所在をとてもうやむやとして無かったものにしてしまう傾向が強い様子で
この無責任こそ極悪の犯罪じゃ無ぇかと存知ます
いや
例えば「ゆとり教育」なんて申しますが
この制度で結局学校教育の現場はゆとりどころか多忙に変わり
その「揺れ戻し」は今日の
「精神哲学無視の記憶力主義教育」
へと悪化しましたし
戦後の軍人恩給の資金を稼ぐために作った年金制度も
結果として国家財政に大きな負担になっちまってます
今後更にこの「誤魔化し論法」は
国民所得の減少に反しての年金負担額増加で
可処分所得の減少を継続させ
これじゃ経済再生どころか経済破壊
結果としての国家破綻を呼んでいることになっちまうんです
その責任はどなたが取られるんでしょ
今後国策を誤った場合には責任を明確化して
その提唱したる官僚と政治家の皆々様には
潔く割腹して頂きましょうかねぇ
家庭だとて責任はございますし
失敗の処断は怒られるとか離婚とか
痛いまことに痛い処分に遭遇するものです
が
国家の犯罪はどなたも責任をとらないなぞ
これは極悪な犯罪です
単に官僚や政治家を続けているだけで勲章を呉れる能天気な国家でございますが
その能天気が既に許されない「世間」になっちまっているんですね
局地的には全く犯罪としての国家転覆に分類される事件は起こっております
が
徹底的な国家転覆な犯罪は発生しておりません
「誰かが犠牲にならなくとも自然に滅ぶ」
とテロリストも無政府主義者も見限った「ニッポン」
との見方も出来る程のモンでございます
選挙一票
これは唯一民衆が国家にものを言える手段の筈でございますが
信頼に足る国会議員が見当たらないと溜息もまた聞こえて参ります
そんな巨悪の一旦を担っておりますのが
その酷く好い加減にして人の良心を拠所とする「信頼」
国家とは言い換えればこの人の良心による多くの信頼により構成成立した組織なんですが
その「信頼」を破壊しているのが
「振り込め詐欺」
不特定多数を対象として不当に他人の財産を収奪し
その割に逮捕処罰されてもかなり軽微で執行猶予まで付く
いや
「振り込め詐欺」は国家転覆な犯罪です
無論慎重な捜査と公正にして厳正な裁判が必要ですが
この「無差別経済テロ」は原則として死刑として宜しいと存知ますが如何?
それと責任は誰にも明快とすべく
少年法と刑法第39条(心神耗弱の者罪状は問わない)の「適正化」もどうでしょ
平和とは不戦と異なります
相互に信頼と対話が成立する中で不安を敵と為して民衆の安堵を図るのが平和
単に戦争や武力紛争の無いものが不戦
今日この国民衆は日々の生活に加えて
そんな「無責任」と「可処分所得減少」と
犯罪少年・詐欺・心神耗弱者との「無血紛争」に戦っているのです
そんな常在戦場な国民なんて
小生はとてもとてもまともと思えませんが。
なんてぇ事を申しますが
社会・・・つまり世間てぇモンが可笑しければ
人間もまたちょいと可笑しくなる
人心乱るるが故に鬼神乱る鬼神乱るるが故に大地乱るる(日蓮大聖人・趣意)
災害に興味がございます小生
この方程式に大変感銘を受けるものがございまして
人間もまた生き物でございますから
世間の変化や自然の変化に
何か影響を受けると申しますのは
自然なものでは無いかと存知上げるものにございます
さて
世間の乱れの最たるものが
国家と言うものの乱れ
つまり政治の乱れにございます
政治の乱れは法律と言う道具で狂った者達の犯罪を「正義」に変えてしまいます
その時その時で「正義」とは好い加減に変えられ使われて参りました
昭和16年3月10日法律第54号・治安維持法
これなぞ天下最悪の法律でございます
そもそも治安の維持に関する法律はそれ以前からもあり
今日もございます
そしてその系統の法律の存在もまた必要ではございますが・・・
何としてもこの法律は過ぎたものでございます
大正期の国家と言われる連中にとって
何が怖いものかと申しますと
世界的規模で澎湃と盛り上がってまいりまして
明治後半にあんな犠牲をして
ようやく局地的紛争「日露戦争」に勝利したものの
微動だにしなかった大国・ロシアを取り潰した
共産主義革命
この民衆のエネルギーに於ける破壊力
まぁ怖いでしょうね
かなりの犠牲を対価として明治維新を成立させたものの
これとて言い換えれば徳川幕藩体制に対する民衆の抵抗とも受け取れます
方式や仕組は違うとしても
民衆の情熱が底にあると言う点では同じです
この法律はその共産主義をはじめとして
帝国皇室や政府体制の保護が何より看板の法律ですが
文底にございますのは政治と民衆生活の乖離が余りに大きく成り過ぎて
政府・軍部が民衆に理解を求めて対立を融和して協働とせしむる
その努力と常識に「億劫」いや「恐怖」を感じたか
既に民衆など見えなかったのか
どの道自分達の保身が第一だったんでしょうねぇ
さてこの法律は当時の政府方針に対立する思想家や団体の破壊をして回り
中にはアンタそりゃ駄目だろうってなモンもございましたが
共産主義に留まらず
宗教団体や共産主義でもない学者や庶民まで・・・
至極当たり前の言い分・ものの考え方をしていた人間まで殺して歩いたんですね
簡便に申しますれば
国家による言い掛かり大量殺人
戦後になりまして
連合国軍が指令を出して
昭和20年10月15日勅令第575号で廃止となりますが
この「責任」は多く警察関係者に振り向けられたものの
司法省では25名の短期間だけの公職追放で済ませて
その殆どが復帰しているんです
法律を道具とした国家の犯罪は
その後の責任所在をとてもうやむやとして無かったものにしてしまう傾向が強い様子で
この無責任こそ極悪の犯罪じゃ無ぇかと存知ます
いや
例えば「ゆとり教育」なんて申しますが
この制度で結局学校教育の現場はゆとりどころか多忙に変わり
その「揺れ戻し」は今日の
「精神哲学無視の記憶力主義教育」
へと悪化しましたし
戦後の軍人恩給の資金を稼ぐために作った年金制度も
結果として国家財政に大きな負担になっちまってます
今後更にこの「誤魔化し論法」は
国民所得の減少に反しての年金負担額増加で
可処分所得の減少を継続させ
これじゃ経済再生どころか経済破壊
結果としての国家破綻を呼んでいることになっちまうんです
その責任はどなたが取られるんでしょ
今後国策を誤った場合には責任を明確化して
その提唱したる官僚と政治家の皆々様には
潔く割腹して頂きましょうかねぇ
家庭だとて責任はございますし
失敗の処断は怒られるとか離婚とか
痛いまことに痛い処分に遭遇するものです
が
国家の犯罪はどなたも責任をとらないなぞ
これは極悪な犯罪です
単に官僚や政治家を続けているだけで勲章を呉れる能天気な国家でございますが
その能天気が既に許されない「世間」になっちまっているんですね
局地的には全く犯罪としての国家転覆に分類される事件は起こっております
が
徹底的な国家転覆な犯罪は発生しておりません
「誰かが犠牲にならなくとも自然に滅ぶ」
とテロリストも無政府主義者も見限った「ニッポン」
との見方も出来る程のモンでございます
選挙一票
これは唯一民衆が国家にものを言える手段の筈でございますが
信頼に足る国会議員が見当たらないと溜息もまた聞こえて参ります
そんな巨悪の一旦を担っておりますのが
その酷く好い加減にして人の良心を拠所とする「信頼」
国家とは言い換えればこの人の良心による多くの信頼により構成成立した組織なんですが
その「信頼」を破壊しているのが
「振り込め詐欺」
不特定多数を対象として不当に他人の財産を収奪し
その割に逮捕処罰されてもかなり軽微で執行猶予まで付く
いや
「振り込め詐欺」は国家転覆な犯罪です
無論慎重な捜査と公正にして厳正な裁判が必要ですが
この「無差別経済テロ」は原則として死刑として宜しいと存知ますが如何?
それと責任は誰にも明快とすべく
少年法と刑法第39条(心神耗弱の者罪状は問わない)の「適正化」もどうでしょ
平和とは不戦と異なります
相互に信頼と対話が成立する中で不安を敵と為して民衆の安堵を図るのが平和
単に戦争や武力紛争の無いものが不戦
今日この国民衆は日々の生活に加えて
そんな「無責任」と「可処分所得減少」と
犯罪少年・詐欺・心神耗弱者との「無血紛争」に戦っているのです
そんな常在戦場な国民なんて
小生はとてもとてもまともと思えませんが。