ブログネタ:一番付き合いの長い友達とは何年? 参加中実は小生
とても人見知りなんじゃ無ェか
と
最近つと思うものでございます
付き合いの長い友人は
既に三十年以上
疎遠になっても
「おう」
「よう」
で通じるんですわ
こりゃ
嬉しいモンです
鉄道の仲間で
三十年近く付き合っている連中は
大抵
ウチの列車企画にも
付き合わされてまして
まぁ
大変な活躍をして呉れたモンです
←1986/08/16、「そらち」上砂川駅構内とにかくも
蒸気機関車復元っ!
つったって
億銭の掛かるモンだと理解しまして
貧乏人は貧乏人らしく
オレ達で無ぇと出来無ェ
ってなモンをやろう
となりまして
兎に角「団臨」(団体専用臨時列車=オリジナルトレイン)を仕立てる事にしたんです
それがこの「そらち」。
←「そらち」歌志内駅構内実はこの企画
かなり無茶な構想からスタートしたんです
昭和60年秋に基礎構想をまとめました時
◎区間は函館→札幌→歌志内→上砂川→砂川→札幌間
◎機材は80系気動車3両(キハ82+キシ80+キハ82)
◎時刻は函館深夜発→歌志内夕刻→札幌夜間着
いや。
いやいや。
認めたくないものだぁ
自分自身の若さ故の
過ちと言うものを・・・・・(キャスバル・ダイクンの独言)
計算に着手しましたら
トンでもない数字になりまして・・・・
しかし。
我々は函館~札幌間の夜汽車にこだわったんです
そりゃ
殆どのスタッフやゲストが江戸周りに住んでますし
飛行機で行くなんて
無粋でしょ?
この函札間函館本線「山線」には
夜行の普通列車・・・・
実際は
「荷物列車に座席客車を付けた」
第41・48列車と言うものがございまして
北海道内を
北海道均一周遊券(北海道ワイド周遊券)
などで旅して回る
「旅師」
たちから
「ムーンライトエクスプレス」
と渾名されていた
その憧れとこだわりがあったものにございます
かくして
国鉄北海道総局営業部
との交渉の結果
◎区間は札幌→歌志内→上砂川→砂川間
◎運転日は昭和61年08月16日
で決まったものの
◎機材はキハ82を2両
として検討を御願いしたものの・・・
「あのさ、カーペットカーってのがあるんだけど」
え?
「ちょっと事情があって、鉄道雑誌とかに出して貰う訳には行かないんだわ」
はぁ
「苗穂機関区に連絡しとくから、とにかく一度現物見てよ、それなら2両で10万以内で良いわ。」
札幌駅南口に隣接した北海道総局を出て
早速苗穂駅に向かい・・・
とにかく価格が魅力でしたしねェ
何より
その企画が
「カーペットサロンカー2両の独立運行第一号」
となる事と
「函館発41列車にカーペット客車1両を増結する」
の条件
こうして
「ムーンライトエクスプレス&そらち」
と言う企画を公表したのが
昭和61年06月初旬でございました。
それから既に四半世紀なんですねぇ
←1989/03/26、会津ムーンライトエクスプレス会津ムーンライトエクスプレス
は
実は瓢箪から駒な企画でして
但し機材が
在来型一般客車だったもので
「ムーンライトエクスプレス」
の名乗りとしたものです
←上と同日、DD51745機牽引の磐越西線・会津月光平成元年03月25日~27日
上野→郡山→会津若松→新津→越後湯沢→上野間
上野発が夜汽車で・・・
実はこの企画はこの直後の企画と一体リースしたもので
スハフ32+オハ47+オハニ36+スエ78
の4両
上野→黒磯間はEF5889機
会津若松→新津間は元々五稜郭(函館青函局)に居た三つ目のDD51745機
が。
方向転換の回数の関係から
上野出発時の編成と
上野到着時の編成が
全く逆さまになりまして・・・
←1989/03/28、桐生停車中の足尾エクスプレスで・・・
上野帰着の翌日
平成元年03月28日
上野~高崎~足尾間往復
に
東日本旅客鉄道足尾線最後の在来型一般客車列車として
足尾エクスプレス
を運行しまして
←大間々で交換その翌年には
←1990/05/26、峠駅停車中のD月光上野→平→仙台→山形→福島→上野間
スハフ32+オハ47+オハニ36+スエ78
の4両を使い
上野発夜行で常磐線を全線踏破した
ドリーミングムーンライトエクスプレス
を実施しまして
その後
真似して鉄道マニアの団体さんが
同様企画をやるんですが
乗務員
が
マニア
で
マニアで良い
オレ達が楽しみたいからそれで良い
つまり
プロ意識
参加者が自前のグループのメンバーだとて
その身体生命保護に責任を持つべきもの
との心構えですなぁ
そんなモンが無くて
事故が頻発し
ウチも使用を拒絶されまして
同時に
在来型一般車の使用実績は一応決着点に至った
と判断
平成04年03月29日に実施した
わたらせ渓谷鉄道開業三周年記念便
上野~足尾間往復
わたらせエクスプレス
(牽引は足尾Eと同じEF5889機+DE101705機、スハフ32+オハ47+オハニ36)
で
終結したものです
←DEXシリーズ。167系メルヘン車4両。成田駅にて。その後
この列車を観光誘引素材として使う方法
を
まぁ色々画策しまして
考えられる事の大半は
やってみました
←これは「ゆくえふめい」と読みます。しかし
その考え方では
このサボ(行先表示票)と同じで
ゆくえふめい
な感じになりまして
どうも
派手さはありますが
着実な観光客の「着地点」にはならない・・・・・
ってんで
この後
組織が任意団体から特定非営利活動法人へ化けるのを機会に
「拠点型」
にスライドしまして
それが
足立区北鹿浜公園で十周年のレールフェステ
と
流山市流山新選組本陣跡で七周年の北総新選組
なんですわ
汽車となりゃ
集まる人間もそりゃ多いんですわ
しかし
地味なそんな拠点活動となりますとね
どうも足が遠のく様子です
でもね
小生
いや
我々が目指すのは
ちょいと一発のイベントじゃ無くて
本当に子々孫々に遺産と出来る
蒸気機関車列車の運転
ですし
それに御客様を運ぶ
魅力的な夜汽車
なんです
ナゲルマケールスの遺伝子を
かなりショボク受け継いだ者達の責務として
やっぱり
「何時でも汽車なら任せな」
と言い続けられる
バカ集団の現場監督
そのバカが心配で
仲間達は迷惑押し殺して
ま
付き合ってくれてんですよ
←巴里北(ガル・で・ノール)行が目標ですわ