木枯らしにつわものどもが夢を知る 我も土にと覚悟せりなむ

平成乱世のもののふは
心得たるべきものの第一が
「覚悟」

最近感じてございます。

秋葉原に出掛けまして
浮ついた街と覚悟しておりましたが
案外と静かな12月24日
いや
不況の為か
夜半から寒気に覆われるとした
気象庁の予告の為なのか
判然と致しませんが

模型屋さんで
鉄道模型でございますが
C623機の姿を見掛けまして
ふと
四半世紀近く前となります
一月の小樽で
出会いました先達たちの
姿を思い出しました

国鉄小樽築港機関区に
小生が参りましたのは
昭和62年01月始めの事でございました

札幌駅旅行センターに
前年夏の「そらち」(団体専用臨時列車=昭和61年08月16日実施)
の御礼と御挨拶に立ち寄り
その後に
札幌京王プラザホテルのラウンジで
初めて
「小樽SL復活の会」

工藤竜男代表と面会し
翌日
築港機関区へ

既に一部の方は異動の内示が出ていたのですが
人材活用センターに所属する
この
「ロクニ復活調査整備チーム」
の皆様は
何だかとても暖かく
そして
清清しい印象がございました

後日伺いますと
既に新会社への採用の見込みも無く
春からは無職となる事の覚悟を
各々がしていた時期なんだとか・・・

言うまでも無く
この日本最大の蒸気機関車は
新会社のスターとなる事が約束されたも同然で
但しこの時点では
復活本線運転どころか
復活構内試走も
全く決まっておりませんで
加えて
「ボイラー検査問題」
「修繕費用問題」
「実施体制問題」

大揺れに揺れていた時期でございました

能天気な小生は
多々生意気を申し上げましたが
その中でたった一つだけ
「この汽車の客車は在来型一般客車とすべし」
と申し上げました点が
後々
実現致しまして
事情を知りました後には
全く汗顔ものにございました



それが
「C62ニセコ」
の最大にして至高の魅力となりました事は
現外務大臣の方も
何かのインタビューで
お話をされておられました

この計画に関わりました人間は
国鉄だけでも膨大な数ですし
実際は現場以外で
まさに
「覚悟」
の行動をされた方が
無数に現れた事が
「奇跡の中の奇跡」

「現実化」
したものにございます。

新選組(実際は徳川陸軍隊と記録される)が
下総流山・長岡屋(現・株式会社秋元)に
慶応四年四月二日(先発班は一日と推定される)に来て・・・
と申します処の
「新選組流山移転問題」
とは違いまして
この
「C623機再復活計画」

小生もその現場に多々面し
そして目撃し
そして直接影響を受けましたもので
それが真実だの事実だのと申されましても
自身の直視・直感の事象で
「全部本当です。」
としか申し上げられませんが
その現場に居ただけでは
何ですか判らない事の方が多く
更には
その場に居た他の方々の心情と相成りますと
後日にゆっくりと伺うしか

方法がございませんでした

今日
その走将・C623機は
札幌市の
北海道旅客鉄道苗穂工場の片隅で
ブルーシートに包まって
酷寒の季節を
ただ
眠っております

悔しいのは
それは
「死した者」
では無い事を
小生も良く良く存知の事でございます。

先達たちが
まさに
自身の人生と引き換えとして適えた夢
その真意を知る者は
残念ですが小生を残すのみとなりました

その夢の真ん中に居た方は
各々の夢がございましたが
その周囲に居て
「異床同夢」
を見ていた方々の夢を知る
と言う意味でございますが

その「夢」を継いで
再び形とするには
やはり
自身も死する覚悟を以て臨まなければ
勝つものに無い
しかし
男子一生の出世本懐

しても
余りあるほど
とても素晴らしい
何より
後世に遺せる
「至高の夢」
でございます。

その為には
「本物」
で無いといけませんがねぇ・・・