ブログネタ:【アメーバピグ】「自分しか知らない恋人のこんなトコ」、教えて! 参加中まぁ
恋人と申しますと
一定年齢以上に於いては
更に「共にする」時間が拡大致しますので
御夫婦などのレベルと相成りますと
更に「機密」は増加するものでございます・・・
昔
お付き合いをしていた女性
寝ている時に
エビ反り
したんです。
就寝直後は
背腹を丸めて居るものでございますが
突然
ぐわーっ
と
海老反りを・・・
それで
寝床を蹴り出される事
幾度も・・・
また別の女性ですが
とても
ま
美人なんです。
とにかく綺麗な顔立ちでございます。
何と申しますか
一緒に居るだけで
ドキドキしたものですが
この方
就寝時に
「半眼」
なのです・・・
見えているのかいないのか
とても不思議で
しかし
どうも瞳孔の反応がございませんので
寝ているのでしょうね・・・
初めてそれに気付いた時
かなり驚いたものでございます。
そんな事
誰にも言えませんし
ま
言う事でも無いものでございますが・・・
さて。
事実であれ
真実であれ
それを言ったり
書き残したり
「しない」
と言う
カテゴリーの情報
ってものがございます。
先の
女性の他
例えば
政治に関わる事には
そんな「秘密」は多々でございましょう。
更に
その情報の存在が
自身どころか
子々孫々に害を及ぼす危険なもの
だって
ございます。
現在
弊連盟社会局が所管し
鉄道輸送警備隊第三業務隊「北総新選組」が
実施してございます
流山新選組本陣跡観光案内
でございますが
慶応四年四月二日から
翌日に掛けて
徳川家若年寄格・某奉行職の大久保大和守剛(近藤勇)
と
徳川家直参旗本・内藤隼人(土方歳三)
が
徳川方陸軍兵227名の陣容で移動して参りまして
地元では「長岡屋」
と呼ばれております
現・株式会社秋元敷地の
「母屋」(明治年間に解体。現母屋は明治17年に新築したもの。)
を「仮設指揮本部」
とした事と
西軍東征軍先鋒隊宇都宮斥候隊の一部が
大久保大和守審問の為
板橋の本営まで
村上三郎
野村利三郎(宮古湾海戦で戦死)
と共に
ま
「任意同行」
させた
と言う事は事実で・・・
その際に
戦闘は無く
従って
死傷者も無く
西軍側も
「索敵」
をしていなかった・・・
と
この辺までは「どうもそうらしい」
なんですが
肝心の
どーして徳川陸軍別隊或は大久保隊
と記述の残ります
まぁ
便宜的に今日では
「新選組」
と呼ばれる部隊が移動して来たのか
その「理由」が不明なのです。
研究家のあさくらゆう先生のお話では
当時この土地建物は
日本橋・鴻池家(或は志摩屋=現所有者の関係者が証文を目撃したとの証言あり)が所有しており
その方はこの場所での
居住・製造・営業
などを行っておらず
無住だった事と
その持ち主が
桑名藩松平家(松平越中守定敬・会津松平容保の実弟で前京都所司代)と
取引関係等がありまして
この「長岡屋」が使われた・・・
との事でございますが・・・
会津方面へ
移動したい意思がございました事は
確かな(綾瀬新選組研究会・増田光明氏著作他による)
御様子ですが
それが何故
流山なのか。
それに関しては
全く記録となっておりますものが
ございません。
小生もそれはそれなり
流山市の図書館や博物館で調べたりは致しましたが
現存するものが
「また聞き」
か
「後日の記録」
と類推されるもので
別のお話では
「当日、街の民は避難していたから目撃者は無い」
なんて事まで伺うと・・・
ついつい
別の視点から
「らしいものをお持ちの方」
を探して
流山のみならず
松戸市などでも探したのですが・・・
考えますれば
明治維新から昭和20年09月02日09時25分
東京湾上の米戦艦ミズーリ(BB63)で重光さんが降伏文書調印をするまで
「薩長新政府の時代」
だったのですから
その「官軍の時代」に於いて
「新選組」は
朝敵の中の朝敵・・・
「そんな関与の情報を残せば子々孫々に累が及ぶ」
と
「情報が消去された」
と考えたものでございます。
ところが。
流山新選組本陣案内を実施して数年が経ちまして
「ウチに伝承されている話じゃ・・・」
と言うものが
ポロリポロリと出て参りました
一つは別の書籍に裏付けとなるものがございましたもので
それは「まぁ事実」
なのでしょうが・・・
問題は
実はその
「消滅させた情報」
と思っていたものが
「口伝」
として遺留されている事で
また恐ろしいのは
この流山市根郷地区は
維新時から子々孫々続く家
と言う処が結構多くございまして
無論
その情報全部を鵜呑みに出来ませんが
もっと多くの「伝承情報」から
相互に関連したり
メッセージとして分散された情報があるのでは無いか
最近はそうも思っております。
特に
「戦は政」
イクサはマツリゴトでございます。
肝心の近藤さんも土方さんも若くしてお亡くなりになられてますし
その点については
後々に記録を残した
永倉新八さん
島田魁さん
なども明確なものを残されていらっしゃらない御様子です。
しかし一方で
新選組に関係する文書は
未だ未発表どころか「未解読」のものもございますそうで
逆に
未だ発見すらされていないものも・・・
無論それとても
その一文書で全部真実とは言い難く
周囲文書と突合せをして整合性を検証しなければならないのでしょうが
無意識の中に分散・遺留された情報
これ程実は秘匿性と安全性に優れた情報防護方法は無いな
と個人的には思っております。
弊鉄道輸送警備隊は
過去に警察の捜査協力をさせて頂いております。
一部は既に公言しているものもございますが
全く誰にもお話をしていないものもございます。
更に
小生自身
蒸気機関車復元に関わって
かなり危険な情報に接したり
その伝達を任じられたり
もしております。
今日に至っても未だ公言出来ない内容のものばかりでございます。
それは
「関与する人間が現実に生活している」
事が
小生に制動を掛けているものでございます。
ま・・・
個人と言うよりは
個人と会社
と言うべきなのでしょうが・・・
また
北総新選組に関してだけでも
公開の出来ない情報は多々ございます。
ただこちらは
弊連盟や北総新選組に影響があるものは皆無で
むしろ
流山の街に影響を及ぼす内容のものや
個人的プライバシーに
ガッチリと食い込む内容のお話でございます
ある意味
言いたくて仕方がございませんが
それで傷付くのは
「敵」
ばかりでは無い事が問題なのです。
組織や活動に
責任があればこそ
秘匿しなければならない情報もございます。
但し
その秘匿が
広く国民の生活福祉に著しく不利益を及ぼすものであるならば
やはり
何処かで公開をしなければならないものでございましょうが・・・
残念な事に
小生が秘匿する一部の情報は
実際に現場をこの眼で見て
また
裏付けとなる他眼もございます。
いや。
新選組や隊士の誰々についての新発見!
などと喧伝しても
情報の整合性の検証を広く
そして多角的に行わないもの
や
行えないものは
やはり「ガセ」に分類されてしまうんですよ。
新選組
や
歴史
のお話に限らず
それをしないのは
その情報の信憑性よりも
自身の小さい自己顕示欲が為せる「小物の常套句」なんですわ
いやいや
そう言う輩ほど
摩り替え
誤魔化し
大好きな小心者
と言う
妙絶なる共通点がございます事は
愉快でございます。
加えて
そんな輩を信奉してしまう者の存在が
その「小心者」の「増上慢」を加速させていると言う
ここに至りますと
喜劇では無く
悲劇です。
小生は新選組の研究家などではございませんし
その趣味でも
その職業でも
ございません。
ですから
「納得の出来る、新選組と呼ばれる彼等が流山に来た明快なる理由」
が判ればそれを御客様に御案内するだけの利害関係です。
以外は関係も利害も興味もございません。
その「情報の整合性検証」の為に「周囲情報」が必要ではございますが・・・
それにズルイ言い方ですが
「過去の事」
なのでございます・・・
しかし
小生が秘匿する情報は
「現在の事」
で
関係人は殆どが存命です。
バラせば偉い人の二人や三人は「切腹」なんでしょうねぇ
それを必要とする時代が来たら
またそれは考えますが
黙って置くにはストレスなものもございます。
また
悪を看過するのも悪です。
少なくとも「新選組」を掲げている限りには
「公の義には忠実で誠実」
で無いとねぇ・・・
ま
伝家の宝刀
ってのは
いざと言う
ここ一番の合戦場でこそ
抜いて何ぼのモンでございます
でも。
彼女の寝姿と同じで
バラして男を下げる様な真似だけは
したくは無いものです。