本能寺の変から428年目の「平成二十二年永田町の変」
 天正十年六月二日(1582年06月21日)午前04時過ぎ、京油小路・法華宗本門流大本山本能寺に滞在中の織田三郎前右大臣平信長の謀殺を意図したとされる、惟任十兵衛日向守源光秀が率いる軍勢が急襲、同時に信長嫡男・左近衛中将信忠などの滞在していた妙覚寺や二条御所も襲撃し、織田信長・信忠親子を始めとして京奉行・村井貞勝など織田家重鎮も多く死亡した、日本史最大の謀反事件が発生した。

 信長の遺体は今も発見されていないが、光秀→秀吉→家康と変転する戦国後半の切っ掛けとなったのは事実である。

 それから428年。
 平成22年06月02日(水曜日)10時から国会内で行われた民主党の衆参両院議員総会の席上、民主党代表でもある鳩山由起夫内閣総理大臣(63)が、米軍普天間基地移設問題や、それに関連した社民党の連立政権離脱、不明瞭な政治資金事件などの問題の責任を取り、辞任する意思を伝えた。
 また同時に小沢一郎幹事長も辞任する事となった。

 この夏に予定されている参議院選挙が刻々と迫る中、内閣支持率の急降下や次々の浮上する不祥事など、「鳩山首相では勝てない」と足元の民主党議員からも「辞任」の声は高まっていた。

 昨年夏の衆議院選挙で政権交代を表題に多数の国民から支持と期待を得て発足した「鳩山・政権交代政権」は、急激な改革と変化を次々打ち出して来たが、その大部分は今も「決着」していない。
 更に緊張の高まる朝鮮半島問題や、宮崎の口蹄疫問題など、「内憂外患」山積の今日、この時での首相辞任は、ある意味で「自ら仕掛けた本能寺」とも受け取れる。

 民主党では早急に後継者を選出し、極力政治空白を作らない構えである。

「天王山」は7月11日濃厚
 一方で参議院選挙(改選)は06月24日公示・07月11日投票が濃厚となっていると報道各社は伝えている。
 現状、衆議院では480議席中308議席(平成21年08月30日実施・第45回衆議院総選挙)、参議院では242議席中109議席(平成19年07月29日実施・第21回参議院通常選挙)と絶対的に安定な民主党だが、この夏の第22回参議院選挙で敗北となると、かつて安部・福田政権時に発生した「衆参逆転=ねじれ国会」現象が再現され、政策実施に少なからず影響が出る事も、民主党内部から囁かれていると報道され、殊に連日の「普天間」問題など決着困難な問題を抱えた新政権は「嵐の船出」となる。

 天正十年六月十三日(1582年07月02日)、山城・摂津国境「山崎・天王山」で織田侍従信孝・羽柴筑前守秀吉など四万の兵と対峙した明智日向守光秀率いる一万六千の兵が激突、敗北してわずか十余日の「天下」を奪われる事になった。

 政権発足から一年に満たない民主党にとって、国会運営の点では「ここで大敗」しても次の衆議院選挙まではあと三年は「安泰」である。
 しかし、この参議院選挙が「天王山」となる事は避けられそうにない。