ブログネタ:総理にふさわしいのは誰? 参加中私はその他派!
旧暦の今日は
土方歳三源義豊の
誕生日でございます。
軍略家にして
政治家。
戦国武将などもそうですが
彼等は
「軍人」
であると同時に
「政治家」
ですぜ。
当時の
大名
武将
などなど
各自管轄管理の
領地を抱えていたわけで
それは
「経営」
と呼ぶに相応しい
状態だったんですわ。
国家と言う
グランドデザインを
思い描ける
人物となると
実は
日本史全体でも
そんなそんな
居なかったんじゃ
ねぇでじょうか。
織田信長
や
源頼朝
なんか
グランドデザインが
明確に見えていた
或いは
そのディテールを
掴んでいた
と言うが適当・・・
それは
日本全体図から
管理・経営
を思い描いて
システムを構築出来る能力
と言うべきものでして・・・
挙国一致体制とやらを
明確に「具体化」
したと言う意味では
この二人はまぁ有名ですが
豊臣秀吉は
更に支配体制を進めて
「全大名を臣下にした」
と言う間接的ではありますものの
統一国家にかなり近い
スタイルを実現化した意味では
織田信長が先に設計図と方程式を
示していたってのはございますが
これは
なかなか・・・
で
徳川家康が
それを全部ひっくり返して
300の自治区に
再度細分化しちまったんですね。
そんな意識の時代に
挙国一致体制を
ちょいと強引ですが
作り上げようとした
ってな事じゃ
勝麟太郎安房守物部義邦
は
「具体的掌握力」
に優れていた
と評価されて
然るべきものではねぇですかね・・・
そんな中で
中枢にして
日陰にあり
そのシステム構築に
大きな役割を果たした
物事を見据える「眼」
を持ったのが
榎本和泉守武揚
と
歳三さん
だった
と小生は思うんですよ。
ただ
「創業起業型」
「危機管理型」
「発展指導型」
それらのリーダーは
方針も
主眼も
異なりますからねぇ
今日
平成乱世のリーダーは
勝安房守の様な
常識破りで
庶民重視の視点を持った
多少
苦労人
じゃねぇと
説得力が
持てねぇんですよ。
無論
その実現にゃ
有能な
「軍師政治家」
として動ける
人物が
不可欠でしてね。
テメェの
財布の中身から
予算構築を考えるヤツらに
この乱世を
まとめる事なんざぁ
出来やしませんぜ。
