本日付で
北海道の地域行政体系が変更されて
それまで
「支庁」
とされていたものが
「総合振興局」
や
「振興局」
と
改定されました。
北海道は
明治2(1869)年08月15日・・・
「函館戦争」
終結以降
館藩(松前藩)領地を含む蝦夷地(北蝦島政府による一時的占拠地含む)を
十一国86郡に再編しまして
明治3(1970)年02月13日
「北海道開拓史」を設置(樺太開拓史を分離、後に再び統合)
館藩領を除き・・・
翌年には一時ですが
根室の一部が東京府だったり
檜山の一部が青森県だったり
した事もございますが
明治5(1972)年に
全域一括の北海道とし
明治15(1882)~19(1886)年01月26日には
北海道開拓史を廃止し
函館・札幌・根室の
「三県時代」
を経て
以降
「北海道」
として今日に至りました。
明治30(1997)年11月02日に
「廃県置庁」
された際に設置された旧函館・根室県の「支庁」を
再編して
以来まぁほぼ
今日の「14支庁」が出来たのでございます。
これが平成22(2010)年04月01日より
宗谷総合振興局
上川総合振興局(留萌振興局を含む)
空知総合振興局(石狩振興局を含む)
後志総合振興局
釧路総合振興局(根室振興局を含む)
十勝総合振興局
胆振総合振興局(日高振興局を含む)
渡島総合振興局(檜山振興局を含む)
オホーツク総合振興局
と
9総合+5局に再編され
実質
「石狩」
「留萌」
「根室」
「日高」
「檜山」
の5支庁は消滅しました・・・
まぁ
もともと
経済的・地政学的関係から
「上川・留萌」
「空知・石狩」
は一体的エリアと見なされておりましたし、
「日高・胆振」
は
「日胆」(にったん)
「釧路・根室」
は
「根釧」(こんせん)
として
天気予報でも一括りにされてましたし
しかし。
網走市に拠点を置く
「網走支庁」は
「オホーツク」と改称しまして
看板の上でも
「網走支庁」
は消滅したのでございます。
もっとも
この「支庁」所在地は
必ずしも
中心都市
の意味合いではございません・・・
例えば
「後志支庁」は倶知安町にございまして
後志支庁管内最大の都市・小樽市に
支庁は無く
「網走支庁」とて
最大の都市は北見市。
元々は北見国とされていた土地で
この再編でも
「北見総合振興局」
との意見が根強く・・・
それで妥協的に
「オホーツク」
としたのでしょうが・・・
いやいや。
今日
レールは無いわ
夜行も無いわ
最重要産業が
観光と言う割りに
内地からの観光客の「足」については無頓着。
更に
高齢化の進展も急速で
産業体質の弱化も著しい北海道で
公共基幹交通体系の整備と
その利用機会の多角度的拡大は
むしろ不可欠なんですが・・・
網走支庁の消滅は
ただ寂寞感のみならず
北海道の
行く末を連想させる
一抹の不安すら
感じさせるものにございます。
北海道の地域行政体系が変更されて
それまで
「支庁」
とされていたものが
「総合振興局」
や
「振興局」
と
改定されました。
北海道は
明治2(1869)年08月15日・・・
「函館戦争」
終結以降
館藩(松前藩)領地を含む蝦夷地(北蝦島政府による一時的占拠地含む)を
十一国86郡に再編しまして
明治3(1970)年02月13日
「北海道開拓史」を設置(樺太開拓史を分離、後に再び統合)
館藩領を除き・・・
翌年には一時ですが
根室の一部が東京府だったり
檜山の一部が青森県だったり
した事もございますが
明治5(1972)年に
全域一括の北海道とし
明治15(1882)~19(1886)年01月26日には
北海道開拓史を廃止し
函館・札幌・根室の
「三県時代」
を経て
以降
「北海道」
として今日に至りました。
明治30(1997)年11月02日に
「廃県置庁」
された際に設置された旧函館・根室県の「支庁」を
再編して
以来まぁほぼ
今日の「14支庁」が出来たのでございます。
これが平成22(2010)年04月01日より
宗谷総合振興局
上川総合振興局(留萌振興局を含む)
空知総合振興局(石狩振興局を含む)
後志総合振興局
釧路総合振興局(根室振興局を含む)
十勝総合振興局
胆振総合振興局(日高振興局を含む)
渡島総合振興局(檜山振興局を含む)
オホーツク総合振興局
と
9総合+5局に再編され
実質
「石狩」
「留萌」
「根室」
「日高」
「檜山」
の5支庁は消滅しました・・・
まぁ
もともと
経済的・地政学的関係から
「上川・留萌」
「空知・石狩」
は一体的エリアと見なされておりましたし、
「日高・胆振」
は
「日胆」(にったん)
「釧路・根室」
は
「根釧」(こんせん)
として
天気予報でも一括りにされてましたし
しかし。
網走市に拠点を置く
「網走支庁」は
「オホーツク」と改称しまして
看板の上でも
「網走支庁」
は消滅したのでございます。
もっとも
この「支庁」所在地は
必ずしも
中心都市
の意味合いではございません・・・
例えば
「後志支庁」は倶知安町にございまして
後志支庁管内最大の都市・小樽市に
支庁は無く
「網走支庁」とて
最大の都市は北見市。
元々は北見国とされていた土地で
この再編でも
「北見総合振興局」
との意見が根強く・・・
それで妥協的に
「オホーツク」
としたのでしょうが・・・
いやいや。
今日
レールは無いわ
夜行も無いわ
最重要産業が
観光と言う割りに
内地からの観光客の「足」については無頓着。
更に
高齢化の進展も急速で
産業体質の弱化も著しい北海道で
公共基幹交通体系の整備と
その利用機会の多角度的拡大は
むしろ不可欠なんですが・・・
網走支庁の消滅は
ただ寂寞感のみならず
北海道の
行く末を連想させる
一抹の不安すら
感じさせるものにございます。