ブログネタ:好きな街は?
参加中 小生の色々な意味での原点が、
小樽には詰まっております。
あんなに熱くなったのも、
あんなに人を信じたのも、
あんなに人に裏切られて、
あんなに居場所が無いと感じた・・・
それでも、
未だ・・・
こんな奴を熱くし、
こんな奴を信じて、
こんな奴を待っている人が居る街。
昭和56年7月に初めて小樽に行きまして、
運河から流れてくる腐臭に驚いたものですが、
この一両の鉄塊が、
日本最大最速最美の走将となり得る事を教えて貰った瞬間から、
小生の人生は大きく変わりました。
気の遠くなるような夢と思っていたこの蒸気機関車の復活。
その奇跡が現実となった瞬間に立ち会った小生は、
それ以降、
この男達の夢と誇りと祈りの結晶を護り抜くものと決意して、
陰に徹する事を選択しました。
多くの人には、
「未だシロクニから卒業出来無いのかよ。」
と言われます。
いや、
卒業出来無いのです。
各々納得或は反論の出来無い理由が重なって、
この事業は破綻し、
国鉄分割民営化以降に復活した蒸気機関車で唯一、
動きを止めた蒸気機関車となってしまいました。
そして幾度か再復活の構想が持ち上がり、
まるで亡霊に気付いて慄く如く立ち消えて行くのです。
その間、
小生は関係者などを差し置いて偉そうにこの蒸気機関車を語り、
この蒸気機関車の再復活を考えて参りました。
小生を追い出した諸々に恨みを抱えたのは自然です。
しかし、
何のためにこの再復活をすべきか。
それを真剣に考えて二十年。
「人の笑顔のために。」
そう気付いた時、
恨む事への時間やエネルギーすらもったいないものに感じられました。
そして、
脆弱で未熟な組織の為に夢半ばにして挫折した、
しかし日本で唯一実現した市民主導・民間企業出資・鉄道事業者運行と言う理想的な
「社会文化運動型交通文化財保存活用」
の完成を
やはり小生と我が同志達で具現化する事が、
小生の出世の本懐。
今では多少浮ついておりますが、
この気性は粗いが熱い人たちが多く住む街に、
一つでも多くの自然な笑顔が咲き、
それが続いて行く仕組みとそのニオイを、
「本物」
にしないと死んでも死に切れません。
ですから、
最後に戻るべき駅は小樽。
まだちょっと先になるのかも知れませんが、
全くの夢幻でも、
なさそうなのでね・・・・



