仏像好き? ブログネタ:仏像好き? 参加中

 先にお断り申し上げておきますが、

 小生は自称仏法者でございまして、

 殊に法華経第一と申し上げて憚りません頑固者です。

 ですから当該コメントやペタで異教外道の類を置かれても、

 即時に消しますから御承知置き下さいませ・・・

 さて、「南無」と申します。

 これは直訳すれば「帰命」と申しまして、

 例えば

南無妙法蓮華経

と申しますのは、

「妙法蓮華経を心底信じて、その精神を全っとうするを誓います。」

 と申します言わば宣誓。

 ですから、仏教とは言わずに法華経関係では「仏法」と申します。

 で・・・

 仏法哲学の基礎構成の一つに生命の状態を指した十のレベルがございます。

第一地獄

第二餓鬼

第三畜生

第四修羅

第五人

第六天

第七声聞

第八縁覚

第九菩薩

第十仏

 釈尊の総体的な教義は彼が教義を進展して行く時代と共に変化しており、

 ここがややこしいのですがそれぞれに宗派として独立しちまったモンですから、

 宗派により言う事がまちまちなんですが、

 釈尊が菩提樹の下で悟りを得たとされる時点から、

一華厳

二阿合

三方等

四般若

五法華

六涅槃

 とございます。

 さて巷間流布されております法華経鳩摩羅汁三蔵が翻訳した「妙法蓮華経」で、

 本来言語のサンスクリットじゃ無ぇから嘘だとか言う奴も居りますが・・・

 では面倒臭い事は端折って、

仏ってのは何だい。」

 となりますと、

 突き詰めれば

現実の生命と言う存在そのもの

 となるのだそうです。

 織田信長が「第六天魔王」と言われたと記述に多く出て参りますが、

 それはこの十界の生命論に基づいたお話です。

 これもお経として良く登場します「般若心経」も、

「眼に見える物=色、と眼に見えないが存在するもの=空は両方ともに存在し、生物はこの肉体と精神(空)が一体なんだよ。」

 と言う基本的な教示をしているだけのもの。

 で・・・

 数々の仏像・・・

 その大多数が何とか菩薩と名付いております。

 これも相当乱暴に端折ってしまいますと、

 上の第一地獄界から第六人界までは仏教全体で解かれている標準的人間の生命状態なので、

六道輪廻

 とか言われて結構知られたものです。

 しかし・・・

 法華経に至るまではともかく仏ってのはスーパーマンで超絶的能力を持つ高貴なもの・・・

 とモッタイぶられて記述されておりますから、

 ふつーの人間には到底実現し得ないものだと「差別」されたのです。

 しかし法華経冒頭の序章である

無量義経

 で既に仏そのものの形容が明確でして、

 それが「生命の存在を表現している」と判明されれば、

 不軽菩薩(どんな人間にも仏性かせあると決して他人を軽んじなかった)が、

 法華経の修行者としての根本姿勢として幾度もクローズアップされるか、

 明快になります。

 ちなみに源九郎義経の諱はこの「無量義経」からとの説もございます。

 ではブログネタにあります「仏像」の「菩薩」がなぜあんな穏やかな顔をしているのか。

第九菩薩界

 は意訳すれば

他の生命の為に自分の知恵や生命や時間を使う事の状態や存在

 例えば・・・

薬王菩薩医師・看護師・救命救急士・薬剤師・それら研究者など。

観音菩薩は「世音を観ずる」の意で弁護士・政治家・企業経営者社会運動家など。

文殊菩薩は知恵の象徴ですが、学者のみならず芸術家教育者公務員なども。

 ってな事で深夜の街の灯を想像してみて下さい。

 警察官・医師・看護師・鉄道員・トラックやタクシードライバー、工事作業員警備員コンビニの店員、報道関係、・・・

 更に電力・通信・気象庁海上保安庁自衛隊・・・

 アメブロのスタッフの皆様も菩薩の行いをする人です。

 加えて・・・

 深夜営業の牛丼屋レストラン等の従業員スナックホステスさん・・・

 風俗嬢と言われる人たちだってポロポロになった男達をそれこそ癒しています。

 それに、

 ワンコニャンコに傷付いた心が癒されたりします。

 これも意識・無意識関係無く彼等の「生命に内在した」菩薩界が作用したものと解釈すべき。

 で・・・

 あの穏やかな表情は「成仏した臨終の姿」なのですね。(一部のものは例外がございます)

 成仏の姿に関しましては、

半眼半口にして身はトロ綿の如く・・・

 つまり半眼で口は少し開き、

 その遺体は軽くて死後硬直の時間は長く・・・

 と明記されておりまして更に・・・

頬は薄く紅を差し、母が赤子を見る如き慈愛に満ちた顔

 と・・・
 小生は国鉄に居りましたので良く解りますが、

 自殺などの御遺体はとにかく重いし、
 死後硬直は瞬間的と言って良いほど・・・

 一方でこの「成仏の死相」もまた経験があり、

 死んだ父親や叔父は全く死後硬直しないので、

 両手を紐で縛って組み合わせたモンです。
 そして確かに薄く頬に赤みが差して、

 寝ているんじゃ無いの???

 とかえって皆で心配したほど(笑)

 そしてそれは全ての人間が持つ表情なのだそうです。

 つまり仏像の持つ慈愛に満ちた姿は、

 芸術としての表現や空想の産物では無く、

 全ての人間に内在する「菩薩界」時の姿でございます。

 なので小生は寺にそんな仏像を眺めに行く時間があるならば、

 現実に生きている庶民の中に厳然と存在する菩薩の姿に出会う方

 余程「御利益」があるとと思っております。

 仏法は現実逃避でも自己の無茶な勘違いでもすりかえでも我慢でもありません

 ありのままその現実の生活や立場のままで、

無上宝珠不求自得

 となる境涯を具現化して生活に反映させる為の生活・意識の方程式なんです。

 ありがたや~

 と拝む仏様ってのは、

 命そのもの。

 そりゃ上も下も無ぇ。

 そこが小生を頑固な仏法者としている理由です。

 だから生命は、

母から生じて宇宙へ溶けて帰る

 それを「帰命」で「南無」と言っているんです。

 とは言え未熟者でございますから、

 この野郎と思う奴は数知れず・・・

 まだまだ修行も行学も足りません・・・

☆☆☆交通文化連盟からのお願い☆☆☆

 現在、特定非営利活動法人交通文化連盟では、今後流鉄車両の一編成に於ける塗装を従来の「白線+N文字」デザインでは無く、車体裾部を白山形だんだらとする「新選組隊士羽織調」にしていただく御賛同署名を集めております。
 幕末期に於いて新選組・近藤勇と土方歳三のゆかりと土地でもあります松戸市と流山市の地域観光活性化と、連動した流鉄利用促進策の具現化のために、皆様の御理解と御協力をお願い申し上げます。
 なお、署名は流山新選組本陣(荒天雨天を除く日祝日午後)とレールフェステ会場で行っております他、今後は近隣駅でも行う予定です。
 また、電子メールに於いての著名も受付ております。(npotcf@yahoo.co.jp
 重ねて、この署名活動に御協力頂ける団体や組織、及びボランティアを募集しております。
 詳しくはプチメールにて安房守義将宛にお送り下さいませ。
(主管部局 文化局交通文化部/監理 事務局内務部)

☆☆☆よろしくお願い申し上げます☆☆☆