ブログネタ:言葉では何パーセントの気持ちが伝えられると思う?
参加中つゆとをち つゆときへにし わかみかな なにわの事も ゆめの又ゆめ 松
これをちゃんと読める学生さん、どれくらいあるのでしょうか。
特に大学生の皆様ね。
日本史がどうの、とかネェ・・・
文学部で無ぇから、とかネェ・・・
そりゃ別として、これをどう感じるかってな事ですわ。
まぁ語学教育は小さいうちから始めると良い、とか申しますがね・・・
それなりゃ尚のことだ、
先ずは日本語ちゃんと教えましょう。
何よりも母国語がちゃんと使え無ぇで、何が英語だよ。バカ。
小学校で英語教育とか・・・
どうしてかねぇ、国際的=米国臣従と考えている者が多すぎるわな。
来るべき国際化時代に・・・と言うなら、北京語や広東語やハングル語やロシア語だって重要ですよ。
更にフランス語だって未だ学術会議などでは共通言語ですしね、
医学用語じゃドイツ語だって健在ですわ。
それを、米国人と喋れない英語を教えてどうするの?
そんな無駄はそれこそ合理化すべき。
よものうみ 皆はらからと 思う世に なぜなみかぜの たちさわぐらむ
明治帝御作のこの歌は、真偽別としても名歌と思いますネェ。
通解すれば、
「この大海で繋がっている世界の国の人々は皆同胞と思える程国際的な時代になったつーのに、何故今更戦争なんざぁおっ始めて、この海に波風を起こそうとするんかぇ」
と言う事になりましょうか・・・
大御心の深いものは、まさにあっしら下々にゃ量りかねます。
しかし、一国の主たる者の器とはかくあるべきと、感慨するばかりですわな。
早き瀬に 力足らぬや 下り鮎
日野市の土方資料館に残されている、安富才助正儀が書いた「土方歳三死亡の連絡書」(手紙)にあった、
豊玉(土方)の辞世とされるものです。
原文を見ると、小生如き素人にゃ
「つよき瀬に」
とも読めます。
「早き瀬に」
ですと、
「時代の大きな流れが早くて・・・」
と感じますが、これが
「強き瀬に」
となりますと、不思議と口惜しさの様な感情も感じられます。
ただ、それをどう味わい、どう解釈するか・・・
この歌句を先ずは読み解ける読解力と想像力が無いと、
この歌句が・・・・まぁ真偽はそれこそ別としても・・・・「喧嘩屋歳三」の心持ちを察する事なんぞ出来ませんわなぁ・・・
ほととぎす 陰にありても 声確か
これは小生の愚句でございます・・・
ほととぎすってのは、とにかくも良く出て来るモンです。
鳴かなければ殺されたり(織田三郎信長)、鳴かせてみせられたり(豊臣太閤秀吉)、待たれたり(徳川内府家康)忙しいったらありゃしませんよ。(これらは本人の作じゃ無ぇんですよ。)
小生は影でもしっかり仕事が解って貰える様なモンになりたいですネェ。
ところで、冒頭のものは・・・読みやすくすれば、
露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速の事も 夢の又夢
浪速は大坂城(当時。現在は大阪城。)で死んだ元々の名を木下藤吉郎秀吉と言った彼の辞世です。(直筆のものが現存。)
言葉で伝えられる情報と言うモンは時に一割にも至りません。
しかし、時として言葉を文字としますと、その感情までも伝わる事があります。
フォントに描画される記号では、伝わる心も半分にもなりゃし無ぇ。
この国には、とても便利な発音主体の言語と文字があります。
そしてどんな国の言葉も、日本語として溶け込ませてしまう柔軟性があります。
その言葉を大事に出来無ぁきゃ、どの国の言葉教えたってダメさぁなぁ。