ブログネタ:異性の脈あり、脈なしを知るきっかけは?
参加中 この直前の記事に連携します。
昭和16(1941)年12月08日、米国布哇州真珠湾に奇襲攻撃した海軍空母「赤城」などを中心とした機動部隊は、淵田美津男中佐率いる海軍航空部隊350機を持って、戦艦5隻をはじめとして計8隻を撃沈、6隻に損害を与え、太平洋方面の米国海軍部隊は壊滅的打撃を受けたモンです。
ただ・・・
これが「日本軍の闇討ち」
と米国が表面的には主張していたには訳があります。
一つには、ワシントンで「国交断絶・宣戦布告」の文書が大使から米国務長官ハルに伝えられたのは、海軍作戦や日本政府の段取りでは攻撃30分前(これだって国際協定違反なんですがねぇ・・・)だったにも関わらず、大使館の不手際(外務省の公式見解。但し当時の職員等の証言では本省が無茶を押し付けたからと言う事になっておりやす。日本のシンドラーと言われた杉原千畝さんの処遇等を見ると、本省不手際説の方が俄然信憑性がありますがネェ・・・)でドンパチ始まってからハルに伝えられた事で「事後通告」になっちまったんです。
ただ、この当時に米国太平洋艦隊司令官だったハズバンド・キンメルが責任を取らされて免職になっちまった事で、公式はさて置いて、本音じゃ米国は南雲忠一少将率いる機動部隊がハワイに向かっていたのを知らなかったんかぇ?
ってな事になりました。
この辺は今日も不明なんですが、少なくともワシントンの海軍省はキンメル提督にそれら情報を回さない様にしていたってな事で、最近になってキンメル提督は不可抗力であったと名誉回復がなされました。
さて・・・
この米国ではパールハーバーは、対日徹底抗戦の格好の宣伝材料にされまして、直後のマレー沖海戦での英国戦艦プリンスオブウェールズ他撃沈と相まって、欧米の眼をドイツから日本にも向けさせちまったモンですが、
山本五十六大将の意図では緒戦で米海軍空母を壊滅させて戦意を喪失させた上で、難航していた欧州戦線に向いた眼が太平洋に向く前に外交でケリを付けろよってなモンでしてね・・・
(開戦の合図「ニイタカヤマノボレ」は有名ですが、外交決着し攻撃中止となる場合は「ツクバヤマハハレ」と電信する手筈になっていたんだそうです。)
この辺は、幕末・長岡藩牧野家家老として外交で戦争を回避するを主とするも、ガトリング砲などで戦闘になった際の事も考慮していた、河井継之助秋義にも通じます。
はい・・・山本大将は長岡の出身なものですからねぇ・・・
さて、前項の記事に関連して・・・
男の心は奇襲作戦が良い。
としたものの、その奇襲の成功は全てタイミングに係っておりまして・・・
例えば、真珠湾がちゃんと「事前通告」となっていたら、米国の対日戦争の熱気はどうだったか・・・
更に目的通りに、空母を餌食としていたら・・・
別の見方をすれば、桶狭間で今川軍が休憩を取らないで更に北西の平野部に進んでいたら、織田上総介信長は今川治部大輔義元を討ち取れていたかどうか・・・
難しいお話はさておき、
プレゼントは確かに相手の心中を探るにゃ最適ですが、
立場や関係、その時の心理状態によっては逆効果となって「玉砕」の危険も・・・
先ずは「眼」。
男共が
「眼のパッチリした可愛い女の子」
と意中の女性を表現する事が多いのは、
「自分を気にして見ていてくれている・・・のかなぁ・・・」
なんて妄想的希望的観測が多分に入った心理から発せられるものなんですわ。
で・・・
近眼などの方が焦点を定めるために眼を大きく見開いて・・・
が、
「オレの事、好きなのかなぁ・・・」
なんて言う悲劇を多々発生させるのですが・・・
逆に言えば、ちょいとそのお相手には「しっかりと見つめる」事をして置くのです。
一応、突然の「宣戦布告」と言うよりは、「予報」を流しておくんですね。
この「しっかり見つめる」作戦は言わば「外交戦略」。
で、プレゼントと言う「奇襲武力行使」を使って、敵を揺さぶるんですね。
大抵、奇襲を受けた側は混乱しますから、その場で戦果が明確化はしないものです。
ですからサラリと
「良かったら使ってね」
と、その時は流してしまうのです。
押されてばかりでは逃げ腰になるもの。
このサラリで「引き」を作る訳で・・・
で・・・
これから先は待つ!
まぁ本気で野暮なのや、鈍いのも居ますからそれは多少小手先の工作が必要でしょうが・・・
「しっかり見つめる」
この戦略は変えないままで・・・
「この間のお礼、したいんだけれど・・・」
なんて来りゃ脈は完全にありますし、
さり気なく使っているとかなら、明確なサインです。大半はね・・・・
ですから、さり気なく使って貰えて、自分にも判別出来るものをプレゼントするってな配慮もこの場合は不可欠。
是非、女性の皆様の
「トラトラトラ」(我、奇襲に成功せりと言う暗号電信)
を御祈念申上げる次第にございます。