東京都足立区の南の方ですが、


 荒川放水路に掛かった橋の一つに「西新井橋」ってのがございます。


 今でこそ首都高速が出来て、風景は随分と変わったものですが、


 小生が小学校を卒業するまで暮らしていた西新井・・・正確には、興野町と言うのですが、


 ここから何かあれば、大抵は東武バス北01系統(北千住駅~西新井大師駅間)に乗って、


 北千住へ出たモンでございます。


 ものごころ付く前に両親は離婚しちまいまして、


 今でこそ何手当てだの、


 給付金だのとございますが、


 アノ頃にゃなかなかに面倒で、


 第一、離婚したんだとか、母子家庭だのとか、


 むしろ珍しいモンでしたしね。


 ともかくも貧乏人の家系・・・


 それは言い換えれば面倒な事は大嫌いってなモンでもございまして・・・


 で、小生の母親・・・


 まぁ大政所とでも言っときましょか。


 大政所は昼夜労働をし、


 小生の生活費などを工面していたんですなぁ。


 で・・・


 小生はその母方の祖父祖母と共に暮らしていたんです。


 5才の頃、と言う事なんですが・・・


 もう暗くなっちまった荒川の土手を駆け上がるバス・・・


 そこに小生が乗って居るんですなぁ。


 クリスマスプレゼントを抱えて・・・


 それが何でそうなのか今も不思議なんですが、


 犬のぬいぐるみ状の枕なんですなぁ。


 大政所と会えるのは月に一度・・・


 時には二ヶ月も間が開いてしまう事もしばしば・・・


 何処かで御飯でも食べたんですしょうか?


 嬉しそうな大政所の顔が記憶され、


 その背後の車窓には、


 千住桜木町界隈の灯が、走馬灯の様に回って、


 そして視界が拡がるんです。


 大きな靴工場の目の前のバス停で降りまして、


 帰って来ますと、


 祖父と祖母が笑顔で出迎えてくれて・・・


 しかし大政所は玄関先で、


「良い子にしているのよ。」


 と言って、


 駆け足でまたバス通りへ戻って行くのです。


 そこで、呼び止めたらいけない。


 子供心にもそりゃ解かっているんですが、


 その犬枕のビニールに口を押し当てて、


 一生懸命、


 声を出さない様に


「おかあさん」


 と呼んでおりました。


 もう四十年も経た現在も脳裏に焼き付いている光景でございますからね、


 相当に辛かったんでしょうかねぇ。


 小学校を卒業して、


 大政所と共に生活出来る事になって、


 密かに持っていた、


 もうボロボロになった犬枕・・・


 ようやく捨てました。


 で・・・


 その大政所は今日も元気で・・・


 ええ。


 元気も元気。


 元気が良い何てぇモンじゃ無くて、


 小石川三丁目界隈では「主」ですわ。


 「ひ」と「し」の区別がどうも付きませんで、


「しこーき」


「しゃくえん」


「こーしー」


 なんて言ってます。


 更に近所の皆様に、


「ゴミなんざぁきちんと出しやがれってんだ!」


 とかね・・・


「こんな狭ぇ道にバカでかい車なんざぁ止めているんじゃ無ぇよ、ウスラトンカチっ!」


 なんてね・・・


 五体満足で日々、生活を送っている事が奇跡的ってな、お袋にございます。


 で・・・・


 元々が仏法者の家庭でしてね、


「ヤソの産まれた日なんざ関係無ぇわさ。」


 と言う割には鳥の唐揚げ買って来て食ってましたわ。


 そんなクリスマスの思い出でございます。