子猫事件のあった年の5月頃です。
近所を徘徊していたメスネコのお腹が大きい事に気付きました。
その後、ウチにも来る様になりまして・・・
まぁ時折、食べ残しなんか上げたりしちまったんです。
で・・・・
6月下旬のある日。
このメスネコがスリムになってひょっこり事務所にやって来たんです。
「ありゃ、どうした?」
その後ろに子猫を連れて参りまして・・・
「ウチの子達ですの。」
何て感じで・・・
この時以来、時折やって来る様になったのが
「トラちん」こと半兵衛重治
「チロ」こと小次郎政宗
「もとち」こと太郎元親
「ミルク」
の4人で、ミルクだけ女の子でございました。
特にトラちんは人懐こい子で、
「アアン♪」
と甘えた特別高い声で、両手を腿にピトリと当てるんですね。
で、抱っこしてあげると・・・
ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・・・・・・・・・・・・・・・
と喉を鳴らして・・・・寝てしまうのです。
そして・・・
小生がしている事に興味があるのか、何時も近くでただジーッと見ているんですね。
で、付けたあだ名が
「現場監督」
基本的に半分ノラ子ですから、一日に一度顔を見せてくれる程度でしたが、秋が深まり寒くなると、殆ど事務所に駐留するようになりまして・・・・
師走にはほぼ4人のネコが小生の周囲を囲んで寝ているような・・・・
12月中旬、かの「爆発音ネコ」のボンちゃん(現・リンダ姫)が加わり、5人になりましたが・・・
平成十九年二月十六日08時15分頃。
寒い、晴れた朝でした。
三日ほど姿が見えなかった「もとち」が、左足を失って帰って来ました。
前日、強い風が吹いていたのと、その怪我の状態から、何処かのお宅の扉が開いていて、それが風で閉まったところで挟んでしまったんでしょう。
病院・・・とも思いましたが、過去の経験から野良猫の場合、
「治療費が大変ですから、安楽死・・・」
と薦められるケースが多いと聞いておりましたので・・・
神経だけでぶら下がる足先を工作用ナイフで切除し、後はひたすら消毒。
約二週間、殆ど動かないし食べない状態で、覚悟をしましたが・・・
ネコは死ぬ前には姿を消す、と言われております。
それが一生懸命、生きるために帰ってきたんだ、と気付きました。
「もとち、一緒にお花見しようよ。桜は綺麗だよ。」
そう言い続けておりました。
その春は賑やかでした。
「もとち」もトラちん達兄弟も元気で、ボンちゃんと向かいをベースにしていた子トラ・アンコも加わって・・・
でも、あの4人の赤ちゃんニャンコとの約束はちゃんと果たしましたよ。
ええ、3人も増加して。
