もう二十五年前のお話です。
そもそも、特段と動物好きってなモンでも無かった小生。
まぁただ鉄道が好きで、国鉄の仕事が好きで・・・
で・・・
女の子には興味が薄かったんですねぇ・・・
今日考えると全く逆なんですが・・・
国鉄武蔵野線南流山駅に近い一軒借家に、祖母と叔父と三人で暮らしておりました。
叔父がガンで亡くなった直後から、一人の真っ黒なネコが時折、縁側に来る様になりました。
このネコがお腹を大きくしたのに気付いたのは春浅い頃でして、夏が来る前には縁側に仮設したダンボールハウスで三人の子猫を産みました。
この頃にはそんなそんな、関わりなんか無かったモンでございまして・・・
まぁ、時折小生が非番の時には家の中に入れて、一緒に昼寝をしていた位でしょうか。
この一族が三代までほぼ同居状態だったんですが、転居するものになりまして引越しの準備を始めた頃には、何処かに去ってしまいました。
考えれば、これが最初でございます。
暫くしまして、平成になりました頃・・・
松戸市内のアパートに事務所兼用で寄生しました小生・・・
無論一人で暮らしておりました。
平成三か四年の暮れの頃でございます。
木枯らしの吹く、寒い夜でした。
丁度今頃の時節です。
廊下に面した窓を誰かがノックしたのです。
トントントン。
で、出てみますと未だ子猫が抜けない三毛ネコが綺麗にお座りしてまして・・・
「何だ、ネコか。」
で、一旦閉めます。
するとまた・・・
人間がノックしたと同じ調子で
トントントン。
再び開けますと、やはり居りますのは三毛コなんですね。
「入るか?」
と申しますと、ゴロゴロ喉を鳴らして、ゆらりゆらりと入って参りました。
これがミケとの出会いでございました。
ミケは机の前にしゅっと座り、そのまま寝てしまいました。
翌朝、起きますと窓際に居て、毛繕いをしています。
窓を開けると、またゆらりゆらりと出て行きました。
数日後、また窓をノックする音がしまして・・・
今度は窓を開けます。
と、かのミケが綺麗にお座りしているんですね。
「入りな。」
と言うと、またゴロゴロ喉を鳴らして入って来ます。
で・・・
バスタオルをコタツの横に敷いて上げましたら、別に教えた訳でも無いのに、そこに座ってゴロゴロ言いながら、また寝てしまいました。
ウマが合うと言うヤツなんでしょうかねぇ。
以来、毎夜ミケは帰って来る様になりました。
特段と美味しいものを上げた訳でも無いのですが・・・
コタツの中に入る様に促して、足元にピトッとくっついて、それで寝ているだけなんですね。
ただ、仕事の時には外に出して、帰宅すると廊下に待っているんです。
ネコ缶を食べさせて上げますと、小生の手を決まって舐めに来るんですね。
「美味しかったにゃ」
とでも言っているんでしょうか。
年が明けて、会津でD51機の運行がありまして・・・
毎年恒例になっておりましたから、鉄道輸送警備隊を率いて現地へ派出する事になりました。
運行は土日です。
金曜日の夜行列車で会津若松に向かい、日曜日の深夜に帰る事になっておりました。
金曜日は一日部屋にミケがおりました。
ただ、トイレは外だったもので、トイレの時だけは
「みゃ~ん」
と鳴きます。
それ以外は鳴きませんし、ただゴロゴロ喉を鳴らしているだけの子でした。
夕方、ネコ缶とちょっと暖めたミルクを上げて出掛ける仕度が整った頃、トイレに出掛けて行きました。
何時もと同じ様に。
21時を過ぎて、出掛ける時に階段の下でミケが待っていました。
「いい子にして待って居るんだよ。」
雪が降っていましたもので、部屋に入れて行こうとも考えたのですが、トイレの問題もありましたし・・・
一度は部屋に連れて行ったんですが、入ろうとしないんですね。
「ならお外は寒いから暖かいところで待っていてね。」
シッポをひろんと振って、またゴロゴロ言い続けておりました。
夜汽車で着いて、現地で支援チームと軽く打ち合わせて・・・
まぁ年々減少していましたが、沿線のマニアはやはり万人。
ただこの年はかなり静かで、まぁ左程疲労感もなく帰宅致しました。
松戸市内では未だ雪が残り、週末に更に振った雪がそこここに残っておりました。
疲れもありまして、日曜はそのまま帰ってきたと同時に寝込んでしまいました。
月曜日、仕事の打ち合わせで都内に出ましたものの、早くに終わって未だ明るいうちに戻って参りました。
ネコ缶の新しいのも買いまして。
ところが・・・
ミケは帰って参りませんでした。
火曜日。
会津の現地関係者の方から恒例の「御礼電話」がございました。
「今年は静かでしたねぇ。」
「悪さするのも殆ど居なかったってぇ、いくら邪魔だってなぁ、マニアったって命だもの、良く君等はやってくれますねぇ・・・ただ、沿線の町村にはそろそろ終わりにしても良いだろうなんて声もあってね・・・」
なんて会話をしたのを記憶しています。
この日も夜中まで起きていましたが、帰って来ませんでした。
水曜日。
暖かい日でした。
部屋の中を掃除しようと思い立ちまして、まぁ現場に持って出た資材も片さなければならなかったもので・・・
窓は開けたままでした。
午後の日差しは眩しい程でした。
近くに小学校がございまして、その登下校のルートにこのアパートの真下の道がなっておりまして・・・・
ただ抜け道として使う車も多く、狭い住宅街を猛スピードで抜けてゆくオオ馬鹿もおりました。
一段落して、タバコを一服しておりました。
窓の外から下校の小学生達のお喋りが聞こえて参ります。
「ここだよぉ、未だ子猫っぽかったんだ・・・可愛そうに・・・」
と聞こえて、次の瞬間には部屋を飛び出しておりました。
その会話の主たる小学生の女の子三人を追いかけて、事情を聞くと
「ここで・・・この電柱のところで・・・ここに未だ血の跡があるでしょ、ホラ・・・」
そのあたりに引きづった様な血痕がかなり多くあります。
向かいの電気屋さんの奥さんが出て参りまして、
「土曜日の夜よ、まだ小さいネコが車にぶつけられたって、ずっと鳴いてここでぐるぐるしていたのよ・・・」
「で・・・」
「途中で探したんだけどね、雪の後でしょ・・・・日曜日の朝にあなたのところの階段の下で死んでいたのよ、で市役所に電話して持って行って貰ったのよ・・・」
「確かねぇ・・・三毛猫だょ。」
と聞いているうちにしゃくり上げて泣いておりました。
ミケです。
車に轢かれて、痛いよ、と鳴いて小生を呼んでいたのだろうと思うのです。
それも雪の中を1時間近くも・・・
大怪我をして、それでも呼んでくれていたんです。
そして階段の下まで来ても待っていたんです。
本当に3日間、泣きました。
こんな時、一人暮らしは助かります。
誰に気兼ねしなくても、おお泣き出来ますからねぇ。
でも、どうしようも、持って行き場のない切なさと可愛そうな事をしたと言う思い。
これは断ち切れません。
週末に連絡が付かない事を心配した仲間が尋ねて参りまして・・・
その電気屋さんも心配していた様で、彼に大体は話してくれたそうです。
その日まで何も食べておりませんでした。
野良猫なのに、何故そこまで悲しい思いになったのか。
これは今でも、自分が不思議なんですが・・・