先週の金曜日深夜、ウチの家臣団(ネコ)のうち、この春に生まれた子猫が亡くなりまして・・・
以前に書きました、生物学上在り得ない「爆発音ネコ」ことリンダ姫の子供の一人でございます。
何が辛いと言えば、まさに生まれた瞬間から世話をし、具合が悪くなったら枕元に置いて様子を見ていた・・・
子供の居ない小生にとっては、まさに子供なんですわ。
その子が、どうしてそうなったのかは全く想像付かないのですが、流山電鉄の軌道内で変わり果てた姿でおりました。
呼ばれて飛んでまいりますと、確かにウチの子なんです。
柵を飛び越えて、体を抱えて、道路脇まで連れて来ますと、まだ暖かいし、ちょっとだけ目がひろっと動いた気がしたんですね。
ネコも犬も、無論人間も、事故で亡くなった有情のものは苦しそうな顔をはているものです。
タオルを持ってきて、それに包んで・・・
ただただ、名前を呼んで号泣しました。
そうしまして、顔を見ますと、何時もの愛くるしい顔で、まん丸の眼をしているのです。
それで尚のこと、辛くなりましてね。
今までも、死んでしまっていたネコ達を幾つか埋めてやりました。
それでも、ここまで辛かったのは無かったモンです。
そもそも、小生が蒸気屋なんて偉そうに言っておりますのも、
二十数年前に、最初の民間輸送セキュリティサポートボランティアを立ち上げたのも、
国鉄は上野駅に勤めて、そんな姿を幾つか見ましたし、その家族なりの深い悲しみにも接しましたし・・・
こんなのは絶対、嫌だ。
そう思ったから始めた事なんですね。
昭和五十年代の初め、蒸気機関車ブームからブルートレインブームへシフトしていた頃、鉄道ファンの少年が、写真撮影に夢中の余り、別の列車と接触して死亡すると言う悔しい事故が続きまして、小生の先輩達も他人であるのに、そうなった事自体を深く怒り、悲しんでおりました。
これが今日の交通文化連盟の起点でございます。
C623機復活運行にせよ、オリエント急行+D51機運行やその後の会津運行にせよ、そしてまあ多くの列車イベントの派出にせよ、もうこんな悲劇は見たくない。
その思いだけでございました。
そうでなければ、一部ですが鉄道の職員に嫌味を言われて、
多くの鉄道マニアに敵視されて、
報酬どころか休暇と銭と、まさに全く補償のない生身の体を使ってですよ、現場になんて出られませんぜ。
それで、可愛い「子供」がその鉄道で命を落とすなんて、全く悔しいし、全く辛い事です。
無論、鉄道会社や当該列車の運転士に非はございません。
列車はハンドル切って避けるってな芸当は出来ませんからねぇ。
無理解どころか嫌がらせやら・・・
こりゃ愚痴になりますがね、四半世紀を経て更に立場もございませんわ。
小生の非力故の業なら、ただ泣くだけで終わりますが、失われる生命がある事はやはり納得参りません。
自分で書いておいて言い草も上等ですがねぇ。
何が常在戦場なんだろうか。
一番やんちゃな頃の子猫、それも男の子ですからね、言い含めて何とかなるってぇモンでも無いんですが・・・
愛する者すら守れない。
それで幾万の生命の安全確保が出来るんかぇ?
自問だが、答の見つからない大変、虚脱な日々を過ごしました。
まだ暖かい体・・・
その包んだタオルからにじむ血。
しかし、表情は優しいままで・・・
最後には眼を閉じてくれましたし、死後硬直も殆どなく・・・
まぁ埋めてやりました。
どんな宿業なんでしょうかねぇ。
オヤジの葬式だって、こんなに辛くは無かった・・・なんて書きますと叱られそうですがね。
これが偽らざる実感でございます。
ただ・・・他の子達は何時ものようにやんちゃでございましてね。
それがむしろ救いです。
交通輸送にとって、この「無事故」は永遠の課題であり、絶対的な課題でございます。
こんな非業の最期でも、次は人で生まれて来い。
そして、ただ・・・ありがとう。
そう言って埋めてやりました。
そうは言うもののねぇ、この虚脱感はどうしようもありませんね。
これが人間でわが子となれば、発狂でしょう。
人の苦しみを小生は随分このネコやイヌ達に教えて貰いました。
人に好かれない分、動物には好かれるんですわねぇ。
まぁ・・・でなきゃ、まさに浮かばれませんわ。
