P4280027 ←この春に生まれた「爆発音ネコ」姫の子供たち。


 先週の金曜日深夜、ウチの家臣団(ネコ)のうち、この春に生まれた子猫が亡くなりまして・・・


 以前に書きました、生物学上在り得ない「爆発音ネコ」ことリンダ姫の子供の一人でございます。


 何が辛いと言えば、まさに生まれた瞬間から世話をし、具合が悪くなったら枕元に置いて様子を見ていた・・・


 子供の居ない小生にとっては、まさに子供なんですわ。


 その子が、どうしてそうなったのかは全く想像付かないのですが、流山電鉄の軌道内で変わり果てた姿でおりました。


 呼ばれて飛んでまいりますと、確かにウチの子なんです。


 柵を飛び越えて、体を抱えて、道路脇まで連れて来ますと、まだ暖かいし、ちょっとだけ目がひろっと動いた気がしたんですね。


 ネコも犬も、無論人間も、事故で亡くなった有情のものは苦しそうな顔をはているものです。


 タオルを持ってきて、それに包んで・・・


 ただただ、名前を呼んで号泣しました。


 そうしまして、顔を見ますと、何時もの愛くるしい顔で、まん丸の眼をしているのです。


 それで尚のこと、辛くなりましてね。


 今までも、死んでしまっていたネコ達を幾つか埋めてやりました。


 それでも、ここまで辛かったのは無かったモンです。


 そもそも、小生が蒸気屋なんて偉そうに言っておりますのも、


 二十数年前に、最初の民間輸送セキュリティサポートボランティアを立ち上げたのも、


 国鉄は上野駅に勤めて、そんな姿を幾つか見ましたし、その家族なりの深い悲しみにも接しましたし・・・


 こんなのは絶対、嫌だ。


 そう思ったから始めた事なんですね。


 昭和五十年代の初め、蒸気機関車ブームからブルートレインブームへシフトしていた頃、鉄道ファンの少年が、写真撮影に夢中の余り、別の列車と接触して死亡すると言う悔しい事故が続きまして、小生の先輩達も他人であるのに、そうなった事自体を深く怒り、悲しんでおりました。


 これが今日の交通文化連盟の起点でございます。


 C623機復活運行にせよ、オリエント急行+D51機運行やその後の会津運行にせよ、そしてまあ多くの列車イベントの派出にせよ、もうこんな悲劇は見たくない。


 その思いだけでございました。


 そうでなければ、一部ですが鉄道の職員に嫌味を言われて、


 多くの鉄道マニアに敵視されて、


 報酬どころか休暇と銭と、まさに全く補償のない生身の体を使ってですよ、現場になんて出られませんぜ。


 それで、可愛い「子供」がその鉄道で命を落とすなんて、全く悔しいし、全く辛い事です。


 無論、鉄道会社や当該列車の運転士に非はございません。


 列車はハンドル切って避けるってな芸当は出来ませんからねぇ。


 無理解どころか嫌がらせやら・・・


 こりゃ愚痴になりますがね、四半世紀を経て更に立場もございませんわ。


 小生の非力故の業なら、ただ泣くだけで終わりますが、失われる生命がある事はやはり納得参りません。


 自分で書いておいて言い草も上等ですがねぇ。


 何が常在戦場なんだろうか。


 一番やんちゃな頃の子猫、それも男の子ですからね、言い含めて何とかなるってぇモンでも無いんですが・・・


 愛する者すら守れない。


 それで幾万の生命の安全確保が出来るんかぇ?


 自問だが、答の見つからない大変、虚脱な日々を過ごしました。


 まだ暖かい体・・・


 その包んだタオルからにじむ血。


 しかし、表情は優しいままで・・・


 最後には眼を閉じてくれましたし、死後硬直も殆どなく・・・


 まぁ埋めてやりました。


 どんな宿業なんでしょうかねぇ。


 オヤジの葬式だって、こんなに辛くは無かった・・・なんて書きますと叱られそうですがね。


 これが偽らざる実感でございます。


 ただ・・・他の子達は何時ものようにやんちゃでございましてね。


 それがむしろ救いです。


 交通輸送にとって、この「無事故」は永遠の課題であり、絶対的な課題でございます。


 こんな非業の最期でも、次は人で生まれて来い。


 そして、ただ・・・ありがとう。


 そう言って埋めてやりました。


 そうは言うもののねぇ、この虚脱感はどうしようもありませんね。


 これが人間でわが子となれば、発狂でしょう。


 人の苦しみを小生は随分このネコやイヌ達に教えて貰いました。


 人に好かれない分、動物には好かれるんですわねぇ。


 まぁ・・・でなきゃ、まさに浮かばれませんわ。