ブログネタ:愛のないセレブと愛のある貧乏、どっちがいい?
参加中 愛と言う言葉にかなり多くの方が「信仰心」を寄せていらっしゃいますが・・・
偏屈な安房守義将は、その前段を先ず語りますわな。
所謂「愛」は、浅く言えば好きか嫌いかと言う感情的選択の区分ですなぁ。
深く言えば、無償の防護が出来る対象と申しますかねぇ・・・
しかして、この感情を拠所とする感覚は、普遍ってなモンじゃあございませんやな。
平家物語の冒頭にも出て参りますなぁ・・・
「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。」
どっかの学校の先生が、
「世の中は無情なんです。」
なんてホザイたらしいんですがね、良く文字を御覧なさいな。
「常に無い」
って書いてあるだろうさぁ。
人の心ほど、「無常」なものはございません。
それがアカの他人の男女同士の感覚ってなモンになりゃ、更に変転激しい。
小生の極意なる処世術がございます。
「自分がラクをしたいなら、先ず周囲にラクをさせる」
まぁ簡単に言えば配慮ってな奴ですが、自分の仕事を人に・・・特に部下に押し付けて・・・これは嫌われます。
言わば、最初は人より動く・苦労するってな事です。
そのうちに「手を抜いて良い所と悪い所」が見えて参ります。
そこで加減を調節して、手を抜く所は抜いてしまおうやと提案しちまうんですよ。
ただ、その抜いた手加減の分、きちっと「安全対策」は講じて置く事は肝要ですね。
更に、
「これは正当なことじゃ無ぇんですよ、それは承知して下さいよ」
と常々から告知して置くんですわ。
ラクな状態が当たり前になっちまうと、そこから失態ってぇのは必ず起きるものなんでねぇ。
愛情も似ている所がありますでしょ?
自分が好きでも、相手の本心なんざぁシラネェ訳ですからね。
むしろ、一方的な愛情の押し付けほど、迷惑はございません。
先ず、相手が喜ぶことと嫌がること、それは察知しましょうぜ。
で・・・嫌だと言う事でも、妥協出来ない事がございますでしょ?
そりゃ勘弁してね、と告知するんですわ。
一緒に居る時間が積み重ねられれば、単なる好き・嫌いってな感覚から、
「家族」
としての認識に移り変わるものです。
この認識の変化が深まる・・・絆ってな言い方が適当ですが、これこそ二人を結ぶ大切なアンカー(錨)なんですなぁ。
男を見る時、先ずは素っ裸のそやつをきっちり見据える事ですぜ。
一見、ちょっとヤクザ風体にして背伸びしている奴ほど、脆弱で軟弱な奴は居ませんからねぇ。
むしろ、表情をほとんど表面化させない、目立たない奴ほど、腹が決まった時にゃ何やるか知ら無ぇモンです。
もう少し・・・
自分が人を大切にしないのに、大切にしてくれないと嘆くのは恥ずかしい事ですなぁ。
ところがこの論法、案外自身では見えて居ないし、やっちまっているんですよ。
「誰か、私を愛して」
と望むなら、誰でも全部が好きにとまで言いませんが、大切に丁寧に付き合う事です。
ポイントは「誰でも」
人によって顔色態度をコロコロ変える奴ほど、実は信用されないモンですよ。
だからって、小生の様に頑固だと愛される前に殺されそうですがね・・・
で・・・小生は愛の無いセレブってぇのは不要。
この時代ですからね、何時超越した貧乏人になるか知れ無ぇでしょ。
愛のある貧乏も勘弁して下さい。
既に貧乏の極地なんでねぇ。
むしろ、慈悲の広く深い人間。
そんなのと男女ともにお付き合い願いたいものですわ。
そんな人間居る?
と、おっしゃる方へ。
居ますよ。
小生はアメブロだけでもそんな魅力的な方と幾人か出会っておりますよ。
金儲けはともかく下手な分、人儲けは随分豪勢にさせて頂いたモンでねぇ。
そんな魅力的な方は判りますぜ。
ただ、恋愛感情やらビジネスパートナーにそのままってなモンじゃ無いんですよ。
何処かで心が結ばれている。
そんな感覚と配慮こそ、人儲けのポイントなんですわ。
しかし・・・・・・・・最近、儲けて無いんですがねぇ。