もう二十年近く行くどころかカスリもしませんが・・・
北海道の開拓史と鉄道の関係は実に密接でございます。
ただ、その路線網は官民混在で拡大されて線路の戸籍も変転激しいってな特性を持っていた、なんてぇ御存知の方は多くはイラッシャラナイ御様子でございます。
母方の親戚群が札幌の手稲・円山の開拓草創に関わった関係でしょうか、札幌に現在も点在し、そんな親戚を訪ねると言う起因が小生を最初に北海道へ連れて行ってくれたものでございます。
北海道の最初の鉄道は明治13年11月28日に開業した、
「北海道開拓使直営幌内鉄道・手宮桟橋~札幌間」
でございました。
翌年には岩見沢を経由しまして幌内まで完成致しまして、ようやっと本来の使命たる石炭の輸送が開始されます。
ここで活躍したのがHKポーター社製造の600シリーズ蒸気機関車・・・所謂「義経」「弁慶」など、後に7100形式と呼ばれる可愛いアメリカンスタイルのクロガネ馬達にございます。
この幌内鉄道、今日流に言えば
「北海道営鉄道」
なんですが、新橋~横浜間や京阪神間の
「官設鉄道」
つまり国営鉄道とは別格の・・・むしろ格下の・・・産業用鉄道だったんですね。
程なく、合理化の為に民間に業務委託されまして、
「北有社幌内鉄道」
となっちまいます。
このころから、北海道開拓は国家の肝心と方針が大きく動きまして・・・
「いや、北海道の開拓に鉄道は不可欠」
なんて言い出したんです。
で・・・
「北有社」
に委託されていた鉄道は、人材・資材一切含めて三菱系列の
「北海道炭鉱」
へ払い下げられまして、こちらは岩見沢から歌志内までこしらえます。
三菱は坂本竜馬が設立した「亀山社中」、その流れの「海援隊」で内勤をしていた、岩崎弥太郎敏が起こした「海運会社」でございますから、三井資本が押さえていた小樽からの日本海航路に対して、早くから室蘭からの太平洋航路開発に動いていたらしいんです。
で・・・
「北海道炭鉱鉄道」
となった幌内鉄道は岩見沢から室蘭(なので今日も室蘭本線は室蘭~岩見沢)へ伸びて・・・
一方、歌志内への入口に当たる「空知太」・・・現在の砂川、なんですが・・・
こちらからは旭川、そして現在の宗谷本線・永山まで延伸されまして・・・
道東にも開拓の道を!
ってな事で旭川から富良野を経由して釧路・根室まで最初に「根室線」が出来まして・・・
十勝川を渡りました所の池田から更に分岐、野付牛・・・こちらは今日の北見、を経由して網走(こちらは無くなりました浜網走)まで
「網走線」
が、
「北海道官設鉄道」
として建設されたのでございます。
この辺が大変面倒くさいんですね、官設再登場ってなところで、最初から官設のままで良かったんじゃ無ぇですかぇ?
なんて・・・
官軍新政府も試行錯誤の繰り返しだったんですねぇ。
大正元年10月5日に、後に「網走本線」と呼ばれる路線が全通した時にようやく本日のお題になります
「美幌駅」
も誕生いたします。
昭和7年10月1日に新旭川~北見間が全通、この時に北見~網走間が
「石北本線」
と改編されまして、残りは
「池北線」
と・・・ローカル線に格下げされて・・・終には近々無くなってしまいました。
さて、またまたまた無くなってしまいました、北見相生までの「相生線」の分岐駅でもございましたこの美幌駅、第二ホーム(2・3番線)の北見寄りに大きな木がございました。
元々はホームの植木だったそうなんですが、成長して・・・
夜汽車、下り第1527列車で朝も7時前くらい、目が覚めまして・・・
前夜に札幌から出発した時には下り急行第517列車「大雪9号」なんです。
が・・・
途中の北見からは普通列車になっちまうんですね。
ですから、北見でドッサリと乗っていらっしゃる学生さん達に起こされるんです・・・
まぁ、ちょうど良い目覚ましなんでございますが・・・
相生線までの往復の旅を終えて、美幌の街に戻って参りまして、一旦下車しまして・・・
振り返ると、第二ホームの、あの大きな木が構内照明に照らされて聳え立つのが解ります。
上り普通第1528列車・・・そのまま北見からは急行「大雪10号」に化ける汽車で美幌を後にする時にも、あの大きな木にばかり眼が行きました。
道東のこの周辺に参りまして、美幌の大木と再会出来ますと、不思議な安堵感を味わったものでございました。
汽車の旅には、とりわけ夜汽車には人生を味わう時間が用意されております。
合理化だとか何だとか・・・
夜汽車がなくなっちまって以降、人間もほうぼうの街も、特に若者が廃れましたねぇ。
二十一世紀は高度情報通信の時代でも、金融の時代でもございませんよ。
精神、心の世紀になるんでござんしょうよ。
団塊の皆様が構築された経済一本精神欠落の日本ってのを、その団塊の皆様が反省して転換を多く口にされているところで、小生如きは特に
「心こそ大切なれ」
と、あの夜汽車の車窓に何時までも見送ってくれた美幌の大木を思い浮かべるのでございます。
今回は「きたのち」様より御投稿頂いたおりに、故郷が北見と拝読させて頂きました事より思い出したものでございます。
本当にありがとうございました。
