自分を動物に例えるなら何? ブログネタ:自分を動物に例えるなら何? 参加中

父母は師子となれやと言い聞かせ 見れば単なる昼寝のネコかな

 まぁ何処の親御さんも、

「我が子は獅子なれ」

 と思い、祈り、口煩く言うものなのでしょうなぁ。

 小生もそうでやんしたねぇ。

 しかしまぁ、気付けば軒下のネコの如く気ままにおります。

 これじゃあねぇ。

犬猫と呼んで振り向く笑顔なり同じ命を宿すものなり

 自分を動物に例えると、やはり犬でしょうかね。

 出来は良くないものの、これと信じた人には忠義を立てたいのですなぁ。

 あまり、その手応えを感じた事もございませんが・・・

 さて、動物にも表情がございます。

 ワンコばかりじゃ無くて、ニャンコだって、怒ったり、拗ねたり、笑ったりしますよ。

 朝起きて、洗濯機の上に座っていた「リボン」と言う名で識別していた向かいの野良猫に気付きました。

「どうしたの?」

 と聞くと、洗濯槽の中に生まれて間もない赤ちゃんニャンコが居りまして、取り出してみるともう冷たくなっていました。

 ともかくも人間に警戒心の強い「リボン」でしたが、その時の悲しそうな眼は忘れられません。

「この子どうしたのかしら???」

 そう思って連れて来たのでしょうね。

「リボン、可愛そうだけれどこの子は死んでいるよ。」

 と言うのが精一杯でした。

 知り合いに連絡して埋めて上げる事にしましたが、仏壇の前にタオルで包まれた我が子の回りを、ずっと落ち着かない様子で・・・時々顔を舐めてあげて・・・

 その愛情と悲しみは、人間様もネコも差なんざぁ無いんです。

閉ざされた心を開く命かな 慈悲の思いを生命と言うなり

 自閉症の子供の治療方法だかに、イルカと遊ばせるってのがあるとか・・・

 アルツハイマーの老人に犬や猫を連れて行くボランティア活動もございますね。

 真っ直ぐな、綺麗な生命には邪な飾りは通用しませんやね。

「どうしたの???元気ないの???」

 その疲れた、或は凍結した心を溶かすのは、ただ真っ直ぐな生命、笑顔が見たいと言う純粋な慈悲です。

 いわゆる我侭で勝手な理屈の「愛」なんつぅモンより、この慈悲はどこまでも広く、どこまでも深いモンでございます。

 その慈悲の笑顔を見せてくれる動物たちの生命は、自欲に狂った馬鹿人間なんぞとは比較も出来ないくらい高貴で、純潔です。

 その慈悲の思いと行動を「命」と言うんでしょうねぇ。