ブログネタ:おにぎりはパリパリ派? しっとり派?
参加中国鉄上野駅勤務者であれば、半数以上の方が炊き出しのおにぎりを作った事がある筈でございましてね、何せ国鉄末期の昭和55~61年は良く汽車が止まりましたからねぇ・・・・
最近では殆ど炊き出しなんかしないそうです。
理由は、
「雪や台風、地震は天災であって、会社の責任ではない」(某駅駅長さんの発言・直に伺いましたよ)
では、架線やら信号機・車両故障ではどうなの????
一部の駅では今でも「伝統的」に炊き出し制度が残っておりまして、国鉄当時に比べて日本全国の「駅員」さんは三分の一程度になっちまったものですから、炊き出しは業者さんや提携している駅前旅館組合等に委託しているんだそうです。
人間不思議なもので、どんな緊張する場面でも口に食べ物が入ると落ち着くものです。
ともかくも無用な混乱やトラブル、何より駅職員の身体生命を防衛する必須の策として、この炊き出しのおにぎりは不可欠だったのが、日本最大のターミナルステーション・上野駅の常識だったんですね。
この予算は大抵、管理局から補償されたのですが、それも全額で無い場合の方が多かったとか。
「東北地方豪雪、本線(東北本線)白河以北抑止ぃ!」
と東京・丸の内は国鉄本社旧館の首都圏本部運転指令室からインターホンが入りますと、内勤(駅長室)では担当の徹夜代理助役さん達が集まってきて、
「俺、今日手持ち少ないんだよなぁ・・・」
とか言いつつも、メモに「貸出金」を記録して一時的募金を開始します。
さて、こんな情報が入るのは大抵深夜。
各ホームや職場に連絡が入ります。
浅草口改札脇の改札事務室には、上野駅改札掛が誇る厨房がございまして、そこに各職場から米が届きまして、早速大きなガス炊飯器の釜を洗って、米研ぎスタート!
「え~当駅での抑止は405(急行「津軽」3号)、403D(急行「出羽」)、1101(寝台急行「新星」)、1117M(急行「あづま3+ばんだい11」号)、常磐回りは流して、103M(急行「いわて」3号)はウヤ(運休)!」
←1117Mと同じ455系電車。但し列車は常磐線普通497M土浦行。
都合で4個列車・旅客約600名。
「800くらいは作って置けよ!若いのは一つじゃ足りねぇぞ!」
多くは種に梅干が入りますが、手配の時間によっては購入が出来ない場合もあります。
海苔も巻けないで、塩のおにぎり、になる事もございました。
で・・・ホーム事務室では小生もせっせかと・・・
「炊き立ての飯は熱いだろ?だから最初に汁椀で均等に取って形を整えて、ある程度丸くなったら種入れて、そしたら手で・・・おいおい、強く握ると米が潰れて旨味が無くなるぞぉ・・・そうそう、丸く整える程度で良いんだ。」
観るとベテラン職員さん、汁椀を一杯並べて濃い塩水を椀の内側に塗っています。
「こうすると米が付かないし、旨味も出るんだ。」
綺麗に三角に手早くしちゃうんですね・・・
で、一方では海苔をハサミで切って、タバコ箱二つを縦に並べたくらいの「短冊」を作ります。
それをほんとうに巻く・・・握るのでは無く、巻くんですね。
「お茶は弘済(鉄道弘済会=キヨスク)から今来るから、あったかいの持って行け!」
で、買い物篭にそれを入れようとすると・・・
「タオル敷いて、冷めない様にな!」
「そうさなぁ、あったかいのが一番だ。」
幸い、14番線の405列車「津軽」3号と18番線の403D列車「出羽」だけがホームに入っている状態で、残り2本は第ニ陣で作れば間に合うものです。
地平第ニホーム(14・15番線)事務室から飛び出して、先ずは寝台車から。
座席車の部分は改札で大量生産中でして、そうでもなければ間に合いません。
既に早寝となる職員さん達が応援に駆け付けて、戦場の様相です。
車内で御客様におにぎりを配りますと、皆さん無言で受け取るんですね。
「あ・・・あったかい・・・」
暖かいおにぎりを手にした途端、
「いやぁ、ありがとう、ご馳走になります。」
と、感謝して頂けるのです。
寝台車2両程度がホーム事務室では限界です、一旦戻ると既にガス炊飯器は2つに・・・
「今、尾久から米と梅干、秋葉原から海苔が来るから。」
当時は何も考えて居ませんでしたが、何故尾久客車区から米???秋葉原駅から海苔???
もっとも、翌朝の朝食分もございますし・・・
大騒ぎが終わるのは大抵午前3時位。
本当に稀に、なのですが
「御免下さい・・・」
と、妙齢の御婦人の御客様がホーム事務室にお出でになり、手に紙袋を提げていらっしゃるのですね。
「これ、皆さんで召し上がって下さい。私の父も国鉄だったものですから・・・」
と、暖かい缶コーヒーが十本ばかり・・・
助役さんが、
「いやいや、お気遣いなさらないで下さい。」
「いえ、暖かいおにぎり、とても美味しく頂きましたのでね・・・・」
頂いたUCC缶コーヒー、多分自動販売機で買ってお出でになったのでしょうね。
「なら、頂戴致します。」
と、先輩達と頂きまして・・・
余分に作ったおにぎりを自分達の夜食に頂きます。
少し冷めた、海苔はしっとりのおにぎり。
この美味さは、例えようも無かったですね。
午前5時前に抑止が解除されて、一応郡山まで前進する事になり、6時間遅延で急行405列車が出発して参りますと、御客様の多くが手を振って下さいました。
中には窓を開けて、
「おにぎり、美味しかったよ!」
と・・・
そこに人間の触れ合いがありました。
中にはどうして動けないのだ、とごねる方もいらっしゃいましたが、それは極少数です。
それより、動けない列車で不安な夜を過ごしていらっしゃったにも関わらず、おにぎり一つとは言え笑顔で手を振ってくださった御客様に、むしろ感謝と感激がございました。
そんなに昔のお話でもございません。
ただ、駅に人情と笑顔があった時代のお話でございます。
