ブログネタ:血液型の本、読んでみたい?
参加中無宗旨と言うヤツ程に好きぞある 占い迷信縁起かつぎや
無宗教だ。
と、言っているヤツに限って、ともかく沢山宗教をしていて、更に強信者でございますなぁ。
朝のテレビの占い、だとか、血液型だとか。
小生の占いの師匠は、
「第一、そんなモンで商売しよってヤツが一番邪教者だ。」
と言い、
「何より一番はナニ。」(=陰部。特に女性は決定率が高いんだそうですわ)
と凄まじい事を言い放った人物でございます。
第一が統計学なんだそうですなぁ、占いと言うもの自体のルーツと言うか分類、ですな。
陰陽師も現代に言い換えれば気象予報士だったり、経済評論家ですものねぇ。
血液型教や、タロット宗、もっと酷いと風水教ですわ。
風水は本来が経済地政学とも言うべきものだそうで、都市や城郭、屋敷や寺院を設計する際に、地理・気象学的見地から防災や防犯、防衛を高めるものを作るってな思考でスタートしたとか。
しかし、血液型がそのまま全員に当てはまるとは決して思いませんが、行動の傾向として、「A型指向」「B型指向」などのタイプは存在しますわ。
仏法ではバッサリと、
「加持祈祷に頼るべからず」
と切り捨てています。
結果として、その情報を行動の参考要素とすべきものを、行動を束縛するところに占いやら、血液型やらの類は存在「させてしまう」危険があるのですねぇ
アブネェアブネェ、誰も一寸先は闇、違いますかぇ?
他方、人間にゃ一定の行動指向性がありますなぁ。
「私ぃ、何時も同じタイプの人に恋しちゃうのよねぇ・・・」
なんてね。
こりゃ仏法では「宿業」と言いますわなぁ。
つまり、宿業ってぇのは行動や思考の指向性のお話なんですな。
で、人間の行動や思考ってぇのは、それまで蓄積されてきた経験から構築される部分が非常に大きい訳でしてねぇ。
例えば、小さい頃に近所の公園で遊んでいたら、大きな犬に吠えられた。
んでもって、今も犬が苦手。
実は犬は相手の緊張や苦痛が感知出来るんですなぁ、で、子供達はそれらが如実に表面化されている・・・生命が綺麗なんでしょうね。
で、
「遊ぼうよ遊ぼうよ!」
と言っていたりもするし、又はその犬自体が子供に虐められたトラウマがあって、
「いじわるしちゃ嫌だよ!」
と、最初にメッセージとして伝えていたり・・・
ただ、子供としちゃたまらない。
そりゃトラウマにだってなりますなぁ。
これも、経験の蓄積による行動・思考の傾向性・指向性の構築ってヤツですわな。
だから、その蓄積された論理回路のデータに、
「いやいや、ワンコだって感情があって、色々トラウマがあったのかも知れない。こちらが怖いと思うと、ワンコも怖いと生命が反響して恐怖を抱くものだよ。人間の愛情をたっぷり貰った、温和なワンコと話してごらん。」
と、改善のプログラムをインストールすりゃ良いだけのお話。
まぁ、それが簡単にゃ行かないんですがね。
で、血液型も占いも、それに拘束されてしまえば単に行動・思考の傾向性・指向性を自分で狭くしちまって、段々精神的に脆弱になっちまう。
更に、なんだか偉そうなババァやら、訳の解からぬタレント崩れ者が知った顔して色々言ってますが、
「手前ら、言った事に生命を掛けて保障出来てから言え、このオオウツケ!」
と、言いたくなりますわな。
そんなモンにぶら下って、他人の真剣な人生を視聴率=メシの種にしている番組制作者ドモの馬鹿さ加減も呆れるばかりで、開いた口も塞がら無ぇってのは、まさにこの事だわさなぁ。
更に、それを真に受けて自らが「無保証無責任無拠事」な戯言に、踊らされてしまう若い人が出ちまう事が問題なんですわ。
自分の人生だしね、先哲の言葉から生命にガチンと響いたものを取り入れて、常時プログラム補正すりゃあ良い訳でね・・・・
いや、前世ってな保証、論拠、物証出せや。
それよりも、本当にヤツら事後保障したかぇ?
しないやなぁ、聞いた事ぁ無ぇや。
それらが宗教だ、と申上げましたのは、そんな論理方程式によるものでございます。
まぁ、本当の宗教は大原則として、人間の人生を豊かにし、幸福の境涯へ誘引せしむる哲学、なんだと小生は確信していますからねぇ。
ただ、うなづく処が多々あって、これらの本を読むのは好きですがね、小生は。
まぁ笑い話のネタとしてね。