小生、こんな体たらくでございましても、父系と母系の二つの嫡流でございまして、その昔には離婚したはずの両家親類が集まって、
「この子(小生)には二人以上の男の子を作って貰わなければ・・・それでそれぞれに家名を継がせる」
なんて物騒な話をしていたんだそうですわ。
さてさて、この面倒臭い「苗字」でございますが、こだわりますと大変面白いものでもございます。
特に歴史のお好きな方には、参考となるのでしょうが、まぁ宜しくお付き合いのほどを。
明治当初に国民全員が平民・貴族・爵位家を問わずに「苗字+本名」としなきゃいけねぇ、と法律で整理されて、今日の制度がございますが、名前まで法律で拘束するのは東洋の、それも極一部しかございません。
まぁ世界でも稀なんですね。
殊に日本では名前に関する規制が兎角うるさいのですね。
それは30万と言われる多彩な苗字にも、ございます。
さて、ここで西洋の場合、ですが・・・
オリエント急行の実現者にして、コンパーニュ・アンテルナショナリィ・デ・ワゴン・リ・イ・デ・グラン・エクスプレス・ユーロップィンス、直訳すれば
「国際寝台車欧州大急行列車株式会社」
の創始者さんのフルネームは、
「ジョルジュ・ランベール・カシミール・ナゲルマケールス」
さんです。
まぁ「ナゲルマケールス」さん処の「ジョルジュ」君、なんですが、名前が長いんですね。
これ欧州では珍しい事では無いそうです。
日本でも武士の時代には、同じように長くて・・・
本能寺で死んだ、と一応されているあの日本史上最強の天才にして、日本史上最低のうつけ者のあの方も、
「織田三郎前太政大臣平朝臣信長」
(おだ・さぶろう・さきのだじょうだいじん・たいら・の・あそん・のぶなが)
と、かなりロングなんですね。
で、存命中の桶狭間作戦の頃なんかは、
「織田三郎上総介藤原信長」
(おだ・さぶろう・かずさのすけ・ふじわら・の・のぶなが)
と、名乗っております。
この一見複雑奇々怪々な長い名前、実は一定の方程式がございます。
これが解かっていれば、何の苦労も無いのですね。
「名字+通称+官位職名+本姓+称号+本名」
さて、名字は今日の苗字、通称はまぁ言わばニックネームと言うか個体識別称号、官位職名は朝廷での役職の名なんですが、源平の頃には殆ど実態は無くて、勲章代わりのステイタスになっておりまして、本姓は源平藤橘(げんぺいとうきつ)に代表されるどの類族家系かの姓、そして武士の名乗りの本名、これは諱(いみな)とも呼ばれます。
さて、称号と致しましたが、実際は姓=カバネと呼ばれる太古の家格分類の名称だそうでして、そうそう使われる事も無いのですが、良く見かけるのは「朝臣」、なんですね。
これは朝廷の臣下ってな意味合いでございますが、プライドだけが確かな財産だった時代でございますからねぇ。
ところで、現代一般的に
「織田信長」
と呼ぶ方式は、この明治の「苗字必称令」が布告されて以降に発生したものだそうです。
しきたりとして、江戸時代には武士も
「名字+通称」
が一般的で、ただ墓石や過去帳にはフルネームでの記述が為されている場合が多く、使いはしないものの「本姓+諱」もちゃんと存続していたのですね。