8月25日の21時から、読売日テレ系列はまた、随分と重いドラマを流しましたね。
ちょっと思い入れがあるポイントがありましたので、ちょぃと見てしまいました。
急行第317列車「利尻」で、稚内に着くと、利礼航路に乗り換えをしない場合は、その足で駅を出て大通りへ出て、左へ向かいまして、少し行くと稚内公園の入口が見えて参ります。
小高いどころかまともな丘を登り、北の端まで行くと広場になっております。
正面には、三角二つが向かい合わせて、その真ん中に女性がある「氷雪の門」の像がございます。
その左手に、観音経を開いて折り立てた様に碑がございます。
「九人の乙女の像」と、申します。
最初にここに立った時、その像の存在は知らなかったのですが・・・・
碑文の
「みなさん、これが最後です、さようなら、さようなら」
は衝撃的でしたし、終戦日の後となる8月20日の悲劇に疑問と憤怒を覚えました。
そこで、合掌して冥福を祈念申し上げました。
すると、老人が一人、じっと見ている視線を感じまして、何だか恥ずかしい様な気持ちになって、その場を離れたのです。
と・・・
その老人と、眼が合いまして、会釈致しましたら、
ピッとした、背筋の伸びた姿勢で、小生に敬礼をされるのです。
小生は再び会釈して、立ち去りましたが・・・
気になったものですから、振り返りますと・・・
まだ、その翁は敬礼をしているのです。
小生も深く御辞儀をして・・・歩いて、振り返ると・・・
まだ、敬礼をして下さっていました。
樺太はサハリンとなりました。
その後数年を経て、稚内~コルサコフ間に国際定期航路も復活しました。
しかし、あのドラマの様にあの瞬間なりに、現実その場にいた人達にとっては、樺太、なんですね。
いじめの悲劇は、いじめた方は忘れても、いじめられた方は忘れない事です。
無計画で無認識な戦争を起こした、軍政の指導者達のバカさ加減が何より問題です。
しかし、戦争と言う狂気に傷つけられた痛みは、なかなか時間が薄れさせてくれるものではありません。
榎本武揚がペテルスブルグへ乗り込んで、キッチリと形を付けた千島樺太交換条約と、北緯50度の国境確定。
敗戦で日本だけではありません、結果として朝鮮も、ドイツも消せない傷を史実に残し、その悲劇は現在も続いているでは在りませんか?
あの敬礼の翁が、その深さを凄まじく物語っているのを、学生の頃の小生にも強烈に印象として残った程のものでございます。
関わりなりがない、テレビドラマの話題をネタにするのは避けていたのですが、ついついあの晴天の稚内を思い出したので・・・