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「資料編」


 前のページにありました、「静」からの手紙への返書は以下です。(全文)


「水茎の跡麗しき君が便り懐かしくいと嬉しく拝見仕候、往ぬる日の假の逢瀬に別れしはきのふの如く思いしにはや十二年を重ね候、寿永の昔干戈交へし一ノ谷をば指呼の間に望み淡路島かよう千鳥鳴く鷹取の里に余生を送る事二十有八年、其の間畿内はもとより我等が主従難儀せし安宅の関を越え加賀の地に、また源家が勝鬨挙げし壇ノ浦に會ての栄誉を偲びつつさらには筑紫野にまで東奔西走仕候、其の忽忙の間に在りても思い浮かぶは君が花の容ひと刻も忘るる事之無候
 去年の夏蒸気機関車運転再開の儀起るや鷹取にて検修なせC五七一号機C五八一号機相携へ勇姿凛々しく長門の国へ征で立つを垣間見て切歯扼腕髀肉の嘆を託ちおり候ところ我等が心根深くあはれと思い召し候てか熱き心の士集ひてふたたび君が御許に参らするの儀計らい給ひ候しこと誠に嬉しく存じ候
 君が便りに接してより兵馬倥惚の間に綻びし鎧直垂をば繕ひて黒絲縅の姿にて時日も嬉しき七夕にわれ津軽が海を渡り小樽の里を訪れなむ其日の希みにいま暫し御待候へ
 まずは弾む心抑へ難く取り急ぎ知らせ参らせ候
昭和五十五年
端午の節句
 摂津国鷹取の里にて
 九郎判官
  源  義経
   愛しきしづか殿」


 昭和60年頃から考えて居りまして、取材を始めたのは昭和61年になってからでした。


 北海道立図書館・北海道大学附属図書館・市立小樽図書館・札幌市中央図書館・函館市中央図書館・順天堂大学史学研究室・交通博物館資料室などを歩いて、調べているうちに榎本武揚と言う人物に興味が湧き、小学校の頃に日本海軍の軍艦に凝った事から、「開陽」にも興味が・・・


 そうしているうちに脱線してしまいましたが、二十三年を経てまぁ、ひとまとめに出来ました。


 その最中に出会ったC623機でしたが、妙縁はこれだけでは無く、そのC62の2号機と3号機も京都と小樽で引き離されています。


 もしも貴方の最愛の人が、家族が引き離されていたら、どうです?


 単純に、この三人にゆっくりと談話の一夜を用意して上げたい、なんて考えております。


 まぁ、何時か、ですが・・・


 ちなみにC623機の修繕に活躍した小生の蒸気機関車の師匠は、この「義経北海道行」に際して、整備に関わった事があり、その際の貴重な資料を複写させて頂きました事がございます。


 少しでも、鉄道屋の熱い心を、皆様にお伝えできればと思っております。


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