虫の声 窓辺にありて友の声 電話の向こうに0キロポスト
今日は交通文化連盟の母体でもある日本トレインクラブ創設に向けて動き出してから29年の、その日でございます。
孤独感と絶望感に昼間、一人奉公先で自殺を試みたものですが、何やら出血の様を見ていたら冷静になりまして・・・
やはり男が死を決するなら割腹自殺・・・なんて、その辺がどうもフザケタお話ですが・・・
まぁ絆創膏で傷口を抑えて、夕食後に寮に戻りましたら友人の電話がございました。
それで、提案していたクラブの設置が決まりまして・・・・・・・
友人への感謝も深かったのですが、早まらなくて良かったと反省も・・・
人間、本当に先なんて見えないものでして、クラブの存在は小生の人生に大きく影響している、まぁそもそものスタートがこれ、ですもの。
戦争と言うも政治の一つなり 民が語れば 悲惨と書くなり
古今東西、戦争での犠牲者は兵士よりも民衆の方が多いのですね。
国と言うも、王と言うも、民在っての存在です。
民衆に視点が向かない時、戦争は始まるものなのだそうです。
確かに、戦争に出て行くのは本来は民衆として生活していた人々ですものね。
戦争は誰が何を言っても、悪でしかありません。
しかし、武力を持つこと自体は戦争行為には関係の無い、むしろ雇用対策+危機管理では無いでしょうか?
自衛隊が反平和、でも無いでしょうにね。
北海道なんぞ働く場が無いから、自衛隊は貴重な雇用資源なんです。
玉音の流れる山河に響きあり 汽笛残して 列車は征かむ
終戦のその瞬間も、全国で列車は走り続けていたとかです。
始まりも民意無視なら終わるのも突然。
それでも汽車は動き続けていたのです。
そこに大勢の民衆が居て、食糧難やら消息探しやら・・・
終戦と同時に日本人は新しい戦い・・・そう、生存のための戦いを始めていたのですね。
63年前の鉄路もまた、名も無い人々を乗せて、停まることのない旅を続けていたのですね。
多くの犠牲者の御冥福を追善供養させて頂きます。