ブログネタ:「誰でも良かった」で殺されたくない!
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「和を以て尊きとなす。」
十七条憲法から始まった日本の行政基本方針は今日も生きています。
多くの学者先生が、農耕民族である日本人は基本的に和を大切にするものです、との提唱、小生ちょっと受容出来ません。
こんな狭い国土で、臨戦態勢で無かった時期は千五百年近く無かったし、実際に内戦が無かった、とされている時間は、徳川時代約240年間と、明治初期からの百数十年だけです。
日本人は、実はかなりやばい武闘派民族なんじゃ無んすかねぇ。
その戦乱の悲惨を深く味わっているからこそ、平和を希求する気持ちが高いとは言えませんか?
さて、この時期はどうしても戦争と平和がテーマとなるメディアでございます。
忘れてはいけない。
これがどの企画にも共通した基本理念ですが、逆にシーズンブームとして便乗しているだけじゃ無い?
なんて思ってしまうものもございます。
問題は、戦争の悲惨を忘れ無い、これは根幹な大事ですが、
「忘れる前に語られていない事」
が、まぁ何と多い事か。
小生の父親と叔父、そして国鉄の大先輩達からも幾人か聞いた事があります。
「買出しで出掛けた、或は仕事中だった・・・道を歩いていた婦人或は女学生、又はどう見ても子供を、上空から侵入して来た米軍機(大抵グラマン(F6Fヘルキャット?)、一人だけP51ムスタング)が機銃掃射を掛けて目の前で殺された。」
叔父の話は具体的で、何度聞いても同じだったので、また聞きなどでは無いでしょう。
ノースアメリカン式P51戦闘機ムスタングで日本攻撃に使われたのは多くが空母艦載機で一人乗り。
対空防衛設備なんぞ殆ど無い状態の終戦直前の日本では、しばしば「策敵」と称して単独行動をした者もあったとか。
さて、低空で侵入したレシプロ機の操縦席から、道を歩く人間は識別出来るのでしょうか?
答は灰色、なんだそうです。
つまり、見えなくは無いが、容姿などは認識しにくい。
しかし、一人で歩いている人間が対空機銃なんか抱えている訳も無く、軍人なら着ている筈の軍服(当時の国民服だったので、これで民間人と軍人の区別が付かない事から攻撃してしまった、との米軍機搭乗員の証言もあるそうです。)も着ていないのですから、全部とまで申しませんが「非武装無抵抗」なのを知って攻撃していたヤツの方が多いのでは無いでしょうかねぇ?
小生の祖父は、戦争中に陸軍に招集されて中国大陸へ渡ったそうです。
しかし、回された部隊が比較的後方だった事と、懲罰を受けて拘留されていたので早くに生還して除隊させられたそうです。
懲罰については殆ど語ってくれませんでしたが、死ぬ直前に、
「中国の人に酷い事をしていた、俺はそれが悪い事だと言った。そうしたら牢屋に入れられたんだ。」
上杉家臣団の末裔らしからぬ話でした。
しかし、真剣に話す事なんか無かった爺様でしたから、ショックでした。
実際、軍人恩給も受け取っていませんし、若干の負傷をしたのに手当てや補償も受け取って居なかったのも事実です。
「兵隊は、嫌いだ。弱いものイジメをする。」
とは遺言でございます。
戦争で兵隊同士が殺しあう。
かなり妥協して言えば、それは覚悟で仕事の一貫ですから、まぁ許容できます。
しかし、非武装無抵抗の民間人をゲームの様に殺戮する事と、昨今多発する無差別殺人と、その「無義な殺戮者」として何処が違いますか?
更に、そこで奪われた生命の持つ可能性や、残された家族の悲しみや怒りに差がありますか?
「誰でも良かった」
などでは決して無い筈でしょ?
「無抵抗の確信があったからこそ、その人を殺した。」
が、正解でしょ?
そこに見えますよね、明確なイジメの精神的方程式。
だって、自分の周りが全部嫌になった、と言うのが深意に根底なら、内閣総理大臣を狙うってぇのがむしろ自然で、それは「抵抗される」から、替わりに無抵抗な人を選んだ・・・
替わりが出来るなら、誰でも良かったんなら、深意にそんなきっちりと事由は無かったんでしょ?
単に殺しをしたかっただけでしょ?
それも無思想で無意味なテロだぁな。
心神耗弱なんぞ助命の事由にすんなや、んなモン基本的に死刑でしょ、そんなテロリスト。
いや、憲法9条どうたらも結構です、どんどん論議して下さい。
しかし、国家とか言う概念での、戦争と言う法的環境にゃあ無ぇかも知れ無ぇですぜ、しかし街を歩いていて何処かであぶねぇ、なんて考えなきゃならねぇ所の何処が平和ですかぇ?
今日乱世、常在戦場。
憲法9条どうたらの前に、刑法第39条の廃止を提案申し上げます。
その上で、小学生に実用不可な英語を教えるなんかより、先ず日本語の会話、そして生命の持つ無限の可能性を教えましょうよ。
余談ですがね、皆様。
とある高校でこんな教師の発言があったとか。
「漫画家になりたいんです。」
「無理だ。」
「声優になりたいんです。」
「無理だ。」
「タレントになってみたいです。」
「お前達みたいに(偏差値の低いウチの様な学校に来て、)勉強の出来ないヤツは夢なんか見るな。そんなモンになれる訳が無い。何処か入れる専門学校か、就職させてくれる所を探せ。」
※主意、カッコ内は複数証言による意図的なものを書き加えた。文責・安房守義将
このバカ教師、このテロリスト野郎達と同じ匂いがしますな。
テメェ如きに各々が持つ人生の可能性や展開をどうして予測できる?
責任取ら無ぇ姿勢が当たり前になっちまっているから、人間をそんなんでしか見る事が出来無ぇんだよ。
冗談でも責任の取れない発言をするな。
これが偏差値教育の賜物なんですかねぇ?
で、それをある人物に申し上げましたら、
「だって、程度の悪い学校しか出て無い教員資格の先生じゃ、安房さんの求める人格者なんて無理ですよ。」
って、あんたも同じ匂いだな。
これが当たり前なんかぃ?
きょーびの日本ってのはさ?
そこに昨今の無差別殺人テロの原因があるんだって、お前も解らないたぁねぇ。
帝国大学出も大した事ぁ無ぇな。
偏差値じゃ無くて人間値。
学力じゃなくて情熱力。
基礎的人間力ってぇモンが、誰にもあるんだよ、と。
その洞察を持って、課題を解決し、礼節を持って筋道立てて作る「和」を厩戸さんは求めたんで無いですかねぇ。