個人的に発想したのは昭和63年5月でした。
当時、蒸気機関車に似合うレトロ客車・・・専門的には在来型一般客車と申しますが、未だ全国に数多く残っておりました。
が・・・グリーン車に適当なものが無く、当時のC623機計画の一環として構想された「首都圏運転計画」に際して、
「本格的な急行列車の再現」
に足りないよね、やっぱりグリーン車欲しいよね、
と言う事で、やはり余っていた新系列客車の改造で何とか成らないモンかねぇ・・・なんて仲間内で雑談していたのが始まりです。
さて、蒸気機関車ってモンにゃやっぱし客車、それもレトロ客車が似合います。
マニア的視点ってぇだけじゃ無くて、蒸気機関車の時代を御存知の世代には、やはりこちらの方がピンと来るんだそうですね。
しかし、実際にはそれらレトロ客車のお手入れ・・・・検修と申しますが、それは蒸気機関車と同レベルのものでして、手間が掛かる割には銭を稼がない、と認識されていたのです。
いやいや、レトロ客車だけでも蒸気機関車に匹敵する誘客力がありますよ、と証明して見せたのが平成元年から四年に掛けての4企画で、その後はJRや他の鉄道趣味団体も挙って活用したものです。
さてさて、気付いてからは遅いものでして、C623機が完了(事業破綻に近い運転終了)した時、北海道旅客鉄道はこのC62ニセコ号で使っていた在来型一般客車のうち、上島珈琲が出資したカフェカー・スハシ44形式441号を除く4両を売却しちまったんです。
老朽化も酷かったそうですが・・・・
その後C11形式蒸気機関車を自前で復活させて、日本放送協会ドラマ「すずらん」のロケに使おう、とした時に客車が無いってぇ事実に直面しました。
東日本会社に懇願して2両を借り出し、ロケを終えたものでしたが、その後このC11機を使った「すずらん」号では、奇跡的に残ったスハシ441号に新系列客車を加えた折衷編成で旅客営業を始めたのです。
しかし・・・ファンのみならず一般観光客の人気も一過性で終わり、色々テコ入れってぇ時に続くC11蒸気機関車の2両目をレストアしまして・・・やはり客車が絶対的に足りなくなります。
ここで更に東日本会社に懇願して、一旦廃車として「くず鉄」同然の扱いで安価に購入し、側面に閉扉表示灯を取り付けて安全基準をクリアさせて、改造ですが「在来車の新規車籍登録」と言うウルトラCを演じて4両の在来型一般客車を確保したのであります。
このちょっと前、そろそろ今ある「本物」の在来型一般客車に陰りを感じまして、まぁ密かに構想を組みだしたのが、交通文化連盟でも極秘中の極秘(と言うか誰も真剣に相手としてくれませんでしてね・・・)「0系客車」です。
そもそもは実現には至りませんでしたが、信州小海線でのC56形式蒸気機関車復活構想が切っ掛けでございました。
C56形式蒸気機関車は一つの車軸に掛かる単純な重さが10トンで、簡易線と呼ばれる超ローカル線でも充分走れる様に作られた小さい、可愛い機関車です。
ですが、軽く作った為にボイラーも当然小さくて、動輪周馬力が505psしか無くて、最大で33パーミル(1000m進むと33m上がると言う勾配)が幾つも在る小海線ですと、牽引できる重量は100トンでしかございません。
ちなみに、一般的な在来型一般車のスハフ42形式で40トンですから、何と2両しか牽引出来無いのです。
2両ですと80人/両で、1列車で160人しか乗せられないって事になります。
諸経費を大人一人分500円の指定席料金で賄わなければ成らない現在のシステムですと、160人/列車はかなり窮屈なのです。
そこで、多く出回っているJRの新型電車の台車や台枠(フレーム)をそのまま使いまして、上物・・・つまり車体の御客様に見える部分はレトロ客車そのものですが、見えない部分や便所や洗面所などは大量生産品を使って軽量且つ高速で、しかもコストの安い、しかし御客様が満足して頂けるレトロチックな客車を!
と考えたのです。
あくまでマニアの机上の空論ですが、今時の通勤電車、あれのクーラーと走行電装品を抜いて、スケルトン状態にしますと20トン以下にまぁなりそうだったんですね。
そこで、バリアフリー法規も考慮しまして3両編成として、次の様なものを先ずはまとめたんです。
<仮称010型客車>
1・普通座席緩急車・・・車掌室と便所+洗面所と座席80席・・・25トン(ナハフ011)
2・普通座席車・・・座席96席・・・20トン(ナハ011)
3・普通座席荷物売店合造電源車・・・座席40席+車椅子対応便所+車椅子対応洗面所+男子小用便所+売店+荷物室+車掌室・・・40トン(スハ二011)
の3両で216席・85トン。
現実にはあと10トン増加が予想されたもので95トンですが、真ん中の車のトイレなんかを全部取っ払って座席にしまして客数を多くして、代わりにスハ二011型に大きな荷物用兼車椅子用扉を付けて、この車がサービスステーション的役割としてある処がミソです。
とにもかくにも取って付けた様な「にわかレトロ調」では飽きられるのが早い・・・これは大井川鉄道の白井副社長から直伝の「成功方程式」だったものですから、どっから見てもレトロだねぇ、とマニアに言わしめるもので無いと、更に厳しい眼で商品選択をされる一般消費者には通用しない、と言う事から、外装もそのまま、屋根も深く、空調は要らない。
但し売店と保安機器で使う電気は荷物車に発電機を抱えさせて賄うってモンにしまして、この3両をワンセットとして使う事が前提、としたものです。
←釧網本線浜小清水駅にてオハフ62形式客車の窓に映る駅です。
これとは別に、小海線には当時、新宿から「葉っぴーきよさと」号と言う旧急行用165系電車を3両使った直通便が季節多客時の臨時便として運転されておりまして、これも電化されていない・・・つまり、レールの上に電線が無い普段はディーゼルカーが走っているところ・・・の小海線小淵沢~野辺山(中込)間をディーゼル機関車に牽引させて運転すると言う、まぁ凄い事をやっていた訳です。
これをディーゼルと電車兼用で一つの列車にまとめてしまえば、例えば水郡線(水戸~郡山)や久留里線(木更津~上総亀山)などの首都圏に近い、季節によっては観光客の誘致が大きく見込める路線で使えるじゃ無いですか~と、またまた机上の空論ですがまぁまとめたのです。
こちらは「050系」と仮称して、
1・4両編成でディーゼル発電機車2両+電車2両の「ディーゼル発電電気駆動方式」とするか、
2・5両編成でディーゼルカー3両+電車2両の「各別駆動方式」とするか
で二分しましたが、北海道会社が現実に電車と一緒につなげて一括制御出来て、しかも450psエンジン×2基/両と言う・・・
いや、900psでしたらちょっとした機関車クラスでして、例えばC62形式蒸気機関車は1620ps、C11形式蒸気機関車は610psですからね・・・それで最高速度が時速130キロに対応しているとかで、これそのままなら電気内燃併用列車なんぞ出来たも同然じゃ無いですか~♪
で、技術的課題がクリア出来れば後は鉄道会社の飽くなき商売心の問題ですから、こちらはさっさと熱が冷めてしまいました。
さてさてさて、その「050系」ジーゼル電車の落書き途上で、
単体で900psの出力を出せるディーゼルカーが出来ると言う事はですよ・・・
「010系」客車が新車のフレームで作られているんだからさ・・・・
この大出力ディーゼルカーの車体を「010系」のものにして・・・
塗装も客車と同じにしてだよ・・・
所謂補助機関車として使えたらさぁ・・・
何だか編成長く出来ない・・・くない?
ってな事になりまして・・・
で、「キハ041型普通座席気動車」も加えられたのです。
その後、小海線の計画が消滅して、本当に旧青年文化連盟企画チームの「趣味」になっちまったんですが、今日いよいよ客車不足が深刻になって来た事と、現行のブルートレインとして使われている24・14系客車が相当、耐用年限を越えて使われておりまして、その老朽化の深刻も伝わってまいります昨今、この構想もちょいと「趣味」から多少は浮上させても良い頃合になってまいりました。
着想から二十年。
まぁ話題よね、なんて言って仲間達とあーでもねー、こーでもねーと言っていた時間も、案外まるっきりの無駄でも無くなった様でございます。
でも、勿論JRにそんな話題があるものではございません。
ただ、現実に対処するには、もうこんな方法しか無いのですね。
まぁ一生に一つ位は歴史に残る仕事がして見たい・・・
ええ、夢ですよ、夢。
でもね、子供たちに本物の感動を伝えて行く為の誇り高き夢でございます。