ブログネタ:中国行きたい?
参加中
中華人民共和国河北省涿県張飛廟は三国志演義で描かれる桃園の誓いの場だと言われています。
そして同陝西省五丈原・・・
西暦234年8月、諸葛孔明が陣中で没します。
日本では世間公伝されている「三国志演義」は、一種の史実を基としたフィクションなんだ、とか。
しかし、まさに群雄が中原に鹿を追い、駆け巡った大地・・・・
特にこの桃園と五丈原は一度は行きたいものです。
基本的には国内観光需要喚起を標榜し、安直な海外観光旅行の否定派たる安房ではございますが、今日の日本に数多くの言葉として伝わり、そして愛されているこの「三国志」(三国志演義)の舞台は、そんな原則論を放り出しても直にその空気を感じてみたいものです。
若かりし頃の小生は、
「万骨枯らして一将功成る」
と言うかなり粗暴で腕白な足軽大将でございました。
その犠牲に置いて、確かに戦場で「負けた」事は一度もございませんでした。
しかし、政治的場面では画策も陰謀も張り巡らしたりしたものの、むしろその粗野故に放逐されたものです。
一人、野に在って
「蒸気機関車と言う中原鹿追」
を考えた時に出会った「三国志演義」の群雄達に、今一度「蒸気機関車と言う国盗りの大義」を考えまして、行き着いたのが、
「そこに住み暮らす民衆の笑顔を得る事が大義」
であり、
「どこまでも正法正義で在らねばならない戦いである」
と言う原則でございます。
レベルこそたかが蒸気機関車、なんですが、真面目に命懸けです。
そしてその途上で亡くなられた人々の笑顔の素晴らしさを思い浮かべるに付け、
「我こそ大義を貫く将たらむ」
と決意を一段一段と深くさせるものでございます。
どんな人間にもこの世で果たさん使命が在ると申します。
そしてどうしても負けられない戦い、も在るのだと。
その臆病な自身を奮い立たせるものが、この「演義」には多くございます。
義を貫く、その義の根幹は何ぞや?
「民」
そう教えてくれる群雄達の呼吸を、一度は味わってみたいものです。
ちなみに・・・・
五丈原の五年後、西暦239年12月に魏の王から「親魏倭王」の金印が卑弥呼に贈られております。