何故そんなモンが求められているなんて言うのか、と言えば、実は鉄道会社の外にあって、地域の実情を把握し、路線・施設・運転状態と客流について調査し、そこにその地域の本音と本当を足で掬い上げて、機材と運転形態・運営形態を予算と付き合わせながら実現に向けてコーディネートする人間。
残念ですがそんな存在が現実には皆無なんですね。
これに気付いたのは二十年前、そう小生が夢だった日本最大最速最美の蒸気機関車・C623機のセキュリティシステムの一翼として後志を闊歩していた頃でした。
北海道鉄道文化協議会事務局(当時小樽市色内)に居て、ボランティアやスタッフの皆様と歓談している時は、何だか気分が乗っている、いや今日も無事故で良かったべゃ、と相成るのですが・・・・
現場に出て、駅前でぼんやり缶飲料なんか飲んでいると、どうもしっくりしないんですね。
更に駅前から離れて、一人食堂や喫茶店でアイス珈琲なんか飲んでいたり、昼食を食べていたりしますと、そのしっくりしない漠然が、もっと明確になるのです。
乖離している・・・
地元の、駅前で商売しているオジサン達に天下のC623機牽引の蒸気機関車列車が、どうも隣町で行われているお祭り的な肌触りである様な、何処か人事・・・そんな空気を感じたんですね。
最初はあまり気にならなかったんですわ、まぁそんなモンかな、まぁ街には汽車が着くと列車の御客様と沿線で撮影していたファンがやって来て、賑わいますが、出発と同時にまた静かな街に戻りますから、いわゆる一過性の御客様としての感覚になってしまうのだろうなぁ、と。
で、二年目の夏の終わり頃です。
一人でとある通過駅となっている駅に降りて、まぁフラフラしていたのです。
そこで一件のドライブインに入りまして、アイス珈琲を頼んで・・・・
そこで店主さんと常連なのでしょうね、地元の壮年さんとの会話が聞こえて参ります。
「あれ、未だやるのかねぇ、マニアがまた来てさ、渋滞起こしてんだぁ、わやだ。」
「倶知安辺りは随分賑わってるみたいだよ、でもあれは小樽に客寄せするんでやってるんで無いかい?」
そこで失礼致しますが・・・と会話に加わったのです。
取りまとめてC623機復元の経緯や、当初の主旨をお話しまして、その上で「この土地で起こっている」事を伺ったんですね、一言でまとめれば、
「蒸気機関車は良いけれど、マニアは邪魔。結果として蒸気機関車は余計なものである。」
と言う本音を聞かせて頂いたのですね。
そこで翌年に掛けて幾度か沿線を歩いて、まぁこちらの身分は明かしたり明かさなかったり・・・・総括するとかなりC623機全体の印象が悪いのです。
まぁ些細ではございましたが、一生懸命になって実現に動いて、結果として地域の人々がそれでシカめた顔をしてしまう・・・・
それは衝撃ですし、落胆でした。
その頃になると鉄文協の内部ではマニア・スポンサーの対立軸が潜在から顕在となり、戦国時代の切っ掛けとなった応仁の乱前夜の様な雰囲気です。
C623機計画は当時、鉄道会社が資金負担をしない完全民間資金(小樽市は毎年予算を付けたんです、他にもニセコ町は転車台、倶知安町は折り返し基地など細々と・・・でも累計すれば相当な地元の公的資金も使われています。)と市民組織による「市民セクター」による蒸気機関車運行を実現していた唯一のプログラムでございました。
でも、その「市民」と言うのが「鉄道マニア」であると、「イコール認識」されてしまっていたんですね。
確かに、元気が良いのは鉄道ファンだけ・・・・と見えますわな。
重い機材抱えて炎天下、山道登ってきてニコニコしているんですから。
そこに他人の家や畑に無断立ち入りしたり、平気で車を停めたり・・・それで潜在的には交通事故も多発していたんですね。
ファンを熱狂させる大きな存在、である事は確かでも、列車自体の利用率は少なくなっているし、鉄文協は常に火の車でございます。
費用の点はJRとの契約スタイルに多々問題がありましたが、ともかくも前例も無く、国鉄改革の動乱真最中にまとめなければならなかった事情から、これは仕方が無いとしても、地域住民、特に商業者の精神的な乖離は、そう受け止められるに足る「現実」・・・・つまり、人は多く行き交うものの、売り上げなんてさっぱり・・・となる「数値的事実」に裏打ちされて出て来た、まぁ素直な感想なんですね。
折角走る汽車が、人の流れを作っていない。
そう気付いた時、既に鉄文協は応仁の乱に突入しておりました。
もっと地元に近寄りましょう!
そう言えない状態にあったのです。
孤独感でしかございませんでした。
いや、徒労感だけの毎日になりました。
批判は簡単です。
しかし、何が欠落していたのでしょうか?
で、ぼんやりと浮かんだのが、
「その土地に住む人間、その地域で生活している人間の視点に立って、各沿線に経済的側面で実効性を持つシステムの構築を考える事」
地域密着だなんて「外様」な考えじゃ無くて、その土地のモンとして考えて築き上げてゆく蒸気機関車計画の提唱と整流を行う第三セクトな存在・・・・ガバナンス、とも言うそうでございますが、それなんですね。
しかして、問題はその「地域の元気を作る方程式」って一体何だろう・・・・
組織の中でも孤立した小生は、誰にも頼れずに悶々とそれを考えて行かなければなりませんでした。
全く持ってだらしないんですが、関わった人間を恨んだり、荒れたりもしました。
しかし、この方程式だけはどうしても知りたいんですね。
で、特定非営利活動法人にそれまでのサークルを統合して移行し、それでもC62を!
と叫んだ時、北海道にC623機は無く、鉄文協も無く、集っていたボランティアも散り散り・・・
そんな中で、足元の流山市で大河ドラマつながりのプログラムを始めるものとなりました。
住宅街の真ん中にひっそりとある新選組本陣跡・・・・とは言え、モニュメントとしての土蔵と記念碑があるだけ。
「本陣難民」と言いまして、そこに辿り着けない方が多いと伺ったもので、その道順の御案内を・・・と言う全く簡単で単純な発想だったんですね。
まぁ鉄道の団体が、いきなりに新選組?
組織内部にも異論はありました、が、これがその方程式を見つける最短のルートじゃ無いかな・・・と、ぼんやりぃと考えていた訳でございます。
そして、二年目の暮れです。
本陣跡の土地所有者である秋元様と地元の商店街の皆様のご好意で、現地にカウンターを設置出来、法被二枚を地元の呉服屋さん「ましや」様から頂いてスタートした極貧プログラムも、ボランティアメンバーの爆発的増加や組織総動員で対処した花火大会や盆踊りなどへの乱入・・・いやいや支援に、感謝の意を・・・なんて仰って頂いて、慰労会へお招き頂きました。
「来年の正月はもっと大きい凧を作るから、凧揚げの時にお出でよ!」
その瞬間に気付きました。
地域の元気作りの方程式は、「その土地の人々の中に溶け込む、交じり合い」だったんだ!
交通文化連盟の旗は掲げていても、実際は地元商店街との連合軍で守備していた本陣です。
最初は商店街の皆様も警戒されていました。
「何が目的なんだろう」
「銭も要らないなんて、何か裏があるんだろう」
それが本音を幾つか投げあううちに、
「アンタ達は商店街の仲間だからね・・・」
と・・・
最初から簡単には参りません。
ただ、そう受容して頂くには誠実しか無かったんです、それが答だったとも知らなかったんですが・・・
実にこの二十年で小生が出向かせて頂いた蒸気機関車計画のお話は7つ。
ご相談をお受けしたのは21か22ございます。
直接はその後関与しなかったものも含め、形となったのはたった4つだけです。
その消えた計画の半数は「暴走した数人の情熱」による事業としての成立は、ん~厳しいですかねってぇ内容でしたが、残り半数はかなり大きな現実性を持っていたのです。
ただ、直接鉄道会社に出向いて行って(国会議員まで入れたものも少なくない)・・・・
「現状では即座に回答出来ませんから・・・」
と言われて時間がどんどん過ぎて行く・・・
そのうちに中核になっている人達の情熱もドンドン冷めて行くのですね。
で、結果として
「かなりの巨額になりますよ・・・・お座敷列車か何かでダメですか?」
と妥協案が出て参ります。
これは情熱を持った人々からすれば
「何だ!JRはヤル気の無い!」
と憤然とされたりします。
しかし、この回答は鉄道会社サイドの窓口となった担当者の未だ温情なんですね。
実際に現在の鉄道会社で、この「地域主眼の蒸気機関車計画」を正確に要望を汲み取った上で、路線・設備・運転・保安・機材・法制と当該地域の実情に適合したスタイルを連絡調整しながら実現化する、なんて事が出来る、或は出来たのは一箇所も無いんです。
東日本旅客鉄道福島支店が唯一、只見線と磐越東線でJR主催+地域相乗型として実現したくらいです。
他にも実現化したものはございますが、それらは行政+鉄道会社のスタイルでして、「市民参加」と言う要素はやはり弱くなってしまうものです。
地域の声を汲み取ると言う作業は実に時間と労力と「足」を使うものでございますし、更に一つの現場レベルで即答出来るものでも無いのですね。
それと共に・・・ともかくも蒸気機関車は銭が掛かります。
その「財政体力」が何処まで続くのか、と言うものが大きなポイントになるのです。
加えて、蒸気機関車だけで列車は構成されません、客車が必要なんです。
そして、車検に相当する「検査」が色々・・・
それらの法制的壁と設備的壁、それもちゃんと掌握した上でお話を進めないといけません。
聞けば幾つかの広告代理店でSLをビジネスにしようとしたそうですが、結果としてはJRイベントの代理としか機能しなかったか、借り出して単発的に運転しただけ、新規復活など出来なかったそうです。
ありがたい事に、ウチにはそれを実現出来るシステムと痛い経験が山ほどございます。
で・・・・
「日本唯一の蒸気機関車プロジェクター」
なんて名乗っているのですが・・・・
もっとも、蒸気機関車で銭稼ぎは出来ません。
第一に・・・そうそうそんな、お仕事がございません。
まぁ、訓練は常に行っておりますが、とにかく商売になりませんから、特定非営利活動法人、それもビンボー上等!なんて開き直れる位の夢喰人間の集う組織であればこそ、出来るってぇモンです。
まぁ、お承りました限りにゃキッチリとヤラせて頂きますよ!
何分にも人命が沢山掛かったモンですからねぇ。
それだって、言わばマイノリティ=異端の中の異端です。
言わば変態の中のド変態。
なんでねぇ、ちっとも偉かぁ無ぇんですわ。
はい。

