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 歌志内駅にひとまず到着した「そらち」号は、「悲別ロマン座」見学を終えた参加者を乗せて、砂川への復路、そして上砂川へと向かって参ります。


 歌志内駅長以下、全員が敬礼で見送って下さった光景は忘れられません。


 「悲別そらち」号となった列車・・・キハ22603+キハ2293号の2両・・・この時点でキハ2293号ラジエター水漏洩が発見されてエンジンを停止しておりまして、ワンエンジン列車となっていたのですが、快調に速度を上げて参ります。


「次は歌神・・・」


 と、車内放送をしているうちに歌神駅に到着いたします。


 歌神(かしん)駅とは、神威~歌志内間に設置されたと言う意味でして、まるで国分寺~立川間に出来たってんで国立駅とした例の様です。


 ここは無人なのですが、駅前切符を売っているお店がございまして、こちらで乗車券は買うことが出来ました。


 これを乗車券簡易委託と申しまして、切符に○、その中に「」と入っております。


 北海道だけでは無く、全国的にありました制度なのですが、元来無人駅が多い北海道総局はこの「マル簡」が比例して多くございました。


 この材木のホーム小さな待合室無人駅で20分も停車時間を取ったのです。


 記念で・・・と、身内のスタッフが「歌神から歌志内ゆき乗車券を買い求めておりました。


 今なら差し詰め、アイドル歌手志望若者達が押し寄せる名所になっているのでは無いでしょうか?


 「愛国から幸福ゆき」の切符がブームになったのは昭和50年頃からだとか。


 小生も買いに走りましたねぇ。


 そんな一つの「町おこしの切っ掛け」と言うアイデアで実施して見たものでございますが・・・


 実際は20分間ホーム先の踏切が鳴りっ放しでして運転士さんと二人で遮断機のサオを持って、車が来ると上げて居りました。


 列車は再び定刻歌神駅を出発、あっと言う間に砂川駅へ戻って参ります。


 ここでこの列車最大のイベント転線」がございます。


 砂川駅は、函館本線歌志内線定期にも直通列車がございまして、レールもそのまま行ける様になっていたのですが、函館本線上砂川支線、と名前は函館本線の直属なのに上砂川へ向かうレールは、一度構内を渡って滝川駅方向の引上線へ出て、再び駅へ戻らなければならない構造をしておりました。


 砂川駅3番ホームへ到着した列車は、一旦引上線に入り、再び支線ホームへ。


 なかなか客載(御客様を乗せた状態)では転線は致しませんので、車内はちょっと盛り上がります。


 長い跨線橋でつながっているとは言え、全く別の駅とも言える静かなホームにディーゼルカーが2両。


 ちょっとカーブをしたホームも片方だけです。


 この跨線橋は、やはり高倉健さん主演の映画「」(昭和56年秋公開/降旗康男 監督)で、上砂川へ向かう高倉健さん演じる主人公と、平田昭彦さん演じる道警幹部が歩いて行くシーンで使われています。


 そこで短時間の停車の後、列車は上砂川へ向けて出発!


 既に午後となっていましたが、陽射しは更に強くなっております


 砂川駅を出て進行左に大きくカーブをしますと、もう郊外の風景が迫って参ります。


 両側には小高い丘や山が連なって、寝不足の眼に緑は痛い程でございます。


 軽い音をさせて列車は鶉駅を過ぎて、「悲別そらち」号は上砂川町の中心部へ。


 ここで上砂川出身者の皆様へのお別れの放送です。


「本日は、そらち号御利用誠にありがとうございました。この企画は私達が北海道に再び蒸気機関車C623号機を走らせる、その夢の実現の為実験的に行ったイベント列車です。何時か必ず蒸気機関車を復活させて、また皆様とお会いしたいと存じます!」


 車内から拍手と歓声が聞こえました。


 さて、程無く上砂川駅へ到着致します。


 こちらも三井鉱山上砂川鉱基地を抱えて幾つかのレールが敷いてありました。


 鉱山は操業中でございまして、活気を感じたものでした。


 ホームには春にお世話になった佐藤駅長が笑顔でお出迎えに立っていらっしゃいました。


 停車して、扉が開きまして、直ぐに降りて駅長の元へ参りました。


「いやぁ、来ましたね!」


 駅長さんはやはり凄く嬉しそうでございます。


 駅前には、上砂川町バスが既に待機しておりまして、その随行として客務チーム歌志内で留守番だった者をバスに添乗させ、上砂川町出身の皆様はこちらで降車となりました


 バスを見送りますと、留守番チームには作業が沢山!


 先ず、定期列車がこのホーム1線1つしか無い駅に入って参りますから、側線へ「そらち」を転線させなければなりません。


 次に便所・洗面所・車内清掃窓を全部開けて空気の入換です。


 ドリンクサービスコーナーもこの段階で撤去します。


 やがて、エンジンが切られまして、静寂が包み込んで参ります。


 遠くに蝉の声が致します。


 札幌駅で買い込んで置きました駅弁・・・一部の乗務員には先に食べさせて置いたのですが、留守番チームはここでゆっくりと・・・


 車掌さんと運転士さんにもお裾分けをしましたら、


「いや、悪いねぇ!」


 と喜んで頂けました。


ap2135 ←側線の「そらち」号


 この停車は2時間以上となりまして、猛暑の中でスタッフ達は仮眠に・・・


 何せ前夜も夜行で、チーム主任者達は打ち合わせをしておりまして、仮眠に入った時には倶知安駅を出発しておりましたし・・・


 で・・・・


 暑い・・・・


 とにかくも・・

 暑い。


 定期列車が入って参りまして、直ぐに折り返して参ります。


「誰かさぁ・・・・事務室行ってバケツ借りて来て・・・」


「何故ですか?」


駅前に氷屋さんがあったんだけれど、そこで氷買って、水入れて、氷水飲もうよ・・・」


 そりゃ良い!


 ってな事で直ぐに作戦実施


 いや~綺麗な柄杓まで付けて頂いて、飲んだ氷水の美味しい事ったら!


 絶品!


 さて、生き返った処バスチームも戻って参りまして、車掌さんと運転士さんも戻って参ります。


「いや、ご馳走様だったね!」


「いえいえ・・・」


「今、駅長から聞いたけれど、アンタ上野駅に居るんだって?」


 運転士さんも車掌さんも「国鉄仲間」と言う事で喜んで下さいました。


 列車に再びエンジンの音が響き転線致します。


 この復路便に乗っているのは身内身内になってしまった米沢の女子高生4名だけ。


 発車時刻には早いのに、既に佐藤駅長は列車監視位置に立っていらっしゃいます。


ap2154 ←上砂川駅で転線据付直後の「そらち」号


「発車準備出来ました!」


「発車良し!」


「発車良し!」


 複唱の声がし、汽笛を鳴らしてそらち」が最後の行程を走り出しました。


「いや、凄かったですよ現場は・・・」


 バスチームの連中が報告します。


今夜のお祭りの会場へ着いたんですよ、そぉしたら放送で、東京から団体列車でお出でになった皆様が到着されました!なんて言われて・・・」


 車窓からその会場の中央小学校が見えますと、多くの方が手を振っていらっしゃるのです


 さて、最後放送を、と車掌室へ。


「本日は御乗車お疲れ様でした!現在列車は定刻、蜂に刺された者は居ますが怪我人も無く無事故で完遂出来そうです、本当にお疲れ様でした!この経験は必ずやC62復活に活かされるものとして行きます!」


 これはお疲れ様って話じゃ無くて、もう決意発表・所信表明演説です。


 と・・・車掌さんがマイクを受け継ぎ、


「本日は御利用誠にありがとうございました、本日皆様を御案内出来まして、大変幸運でございました。必ず蒸気機関車C623号機復活してまた皆様と再会させて頂きます事を、運転士共々信じております!」


 涙が出るほど感激した車内放送なんて、生涯で一度聞けるかどうかです。


 感激でした。


 「そらち」は定刻に上砂川駅に到着しました。


 荷物を出して、点検をし、ここで列車の利用は終わりですが、機材は直ぐにまたまた転線です。


 荷物番を二人程置いて、乗務員長い跨線橋を歩いて、3番ホームへ参りました。


 回送列車として苗穂に帰る第回9152D列車を見送る為です。


 車掌さんも運転士さんも敬礼をして、長い汽笛を残して「そらち」は走って行きました。


 我々がキハ22カーペットサロンカー見たのはそれが最後です。


 その後・・・・・・・・・・


 運行中に故障となったキハ2293号は翌日より運用を離脱しました。


 つまり、この「カーペットサロンカーのみの編成」は「そらち」で最初で最後となったのです。


 残ったキハ22603号は翌年の分割民営化に際して廃車とされました。


 歌志内線C623機復活営業運転を始める4日前の昭和63年4月25日にさよなら列車で賑わい、廃止となりまして、歌神駅歌志内駅はその後解体されてしまいました。


 上砂川支線平成6年5月16日廃止されました。


 ただ、上砂川駅駅舎は今日も残っております。


 その佐藤駅長さんは子会社に移られて、社長さんをされて退職されました。


 偶然乗り合わせた列車で会しまして、C623機復活を大変喜こんで頂きました。


 消えたものばかりではございません。


 後年、函館本線急行かむい」が再編されて、その愛称が新規に設置されまして、「そらち」が甦っております。


 それも急行に格上げされて・・・


 さて、再び昭和61年8月16日に戻ります。


 我々は・・・その米沢の女子高生一行も含めて・・・再び上砂川駅へ戻りまして、が用意して下さったバス中央小学校へ参りました。


 それはもう凄い歓迎ぶりでございました


 窓口となって下さった商工会青年部の方からビール券を束で頂き、


「もう乗務終わったっしょ、飲んで!飲んで!」


 と・・・・


 スタッフで成人の者はまさに浴びる程のビールを・・・


 で・・・小生の記憶は手持ち花火が行われ、その美しい事・・・・で途絶えております。


 気がつくと宿と致しました上砂川温泉町民センターでございました。


 翌日の8月17日、スタッフの大半は小樽へ参りまして、完成間近の運景観地区を散策、その夜の第46列車「ムーンライトエクスプレス」函館へ戻り、大沼でレンタサイクルを借りて夏の道南を堪能!


 夜は函館山からの夜景を楽しんで、その夜の青函連絡船第2便青森へ・・・


 この間、かの女子高生一行は結局一緒でした。


 で・・・


 若い衆の一人はその中の一人に惚れたらしく、後年山形大学へ入学。


 しかし、恋は実らなかった様です。


 副長の彼も恋ってな話がございましたが、発展もしないままで・・・


 小生は恋よりも大きなものが・・・


 この企画で立ち寄った小樽築港機関区に置いて参りました我々の名刺。


 それで工藤竜男と名乗る人物から手紙を頂いたのです。


 これがC623機に直接関与する事となる切っ掛けでした


 更に、このアフター「そらち」ツアーで立ち寄った小樽函館で置いて行きました名刺が、後々にドラマ屋になった時に大きく活きて参ります。


夏草や つわもの共が 夢の跡


 いや・・・


夏草に つわもの共の 道消えず


 が真の結句でございます。