北海道日本最大最速最美蒸気機関車C623機を蘇らせたい。


 こんなまぁ知らないとは言え、恐ろしい夢を抱えてしまった小生が、仲間達を説いて回って北海道鉄道研究会を立ち上げたのは昭和56年11月28日でございます。


 目的が目的なので、流石に大風呂敷と非難されるぜぇ、と忠告されたもので、まぁ道内鉄道旅行の愛好者の集団と名目して、その実早速イベント列車運転時に不可欠な専従乗務員警備ボランティアを、まあ作ってみようぜ、と動き出しまして4年目。


 或る程度、色々人に会って、お話を伺って、見えた事は膨大な費用と、遠大な技術の壁でした。


 ただ、とにかくも諦めたくは無いよな、と決議して、取り敢えず自分達の身の丈に在った経験を踏んで行くものと致しました。


 そこで浮上したのが「団体専用臨時列車の企画運営実施」でございます。


 もう一つ、北海道鉄道研究会には野望がございまして、それは「特急はつかり~おおぞら」「特急みちのく~北海」の復活運転の実現と言うものです。


 これは北海道小樽で復活したC623機利用者を直接誘導する方法の一つとして、当時の我々にはとても大切な事柄の一つだったのです。


 最初のミーティングは上野駅近くの喫茶店でした。


「折角借りるなら、やっぱり特急用の気動車が良いぜ。」


「そうさなぁ、でも費用が厳しいべよ。」


 そうこうするうちに、素案が固まるのです。


1・運転区間は貸切として北海道の砂川~歌志内~上砂川~砂川間


2・機材は特急用気動車キハ82形式を2両


3・利用者は我々だけで、実験的なものとする。


 それで原案を作って、国鉄札幌駅旅行センター鉄道文書便(事業便)で送ったのが昭和60年12月でした。


ap2063 ←キハ82形式はこの先頭車。


 特急の先頭車2両だけの運転が可能かどうか・・・それ以前に貸して貰えるのか・・・ドキドキしながら回答を待ちますと、事業便で回答がありまして、


1・回送となる札幌~砂川間を片道でも良いので経費負担して下さい。


2・キハ82の2両は融通出来るかどうか不明。


3・キハ82の2両での運転は可能だが速度が厳しいので普通列車並としたい。


 何と!


 出来たんだ!


 そこで費用的なものや時刻を詰めているうちに、メンバーの一人が上砂川町商工会青年部と接触します。


 応援したい、とお申出頂きました。


 仕事が一段落した4月初頭、小生は未だ寒い札幌へ向かったのであります。


 札幌リセ(旅行センター)で応対して頂いた高橋副所長(当時)、冒頭行き成りこんな話を・・・


「ところでこのプラン、どうしてもキハ82で無いとダメですかね?8月16日は盆輸送でダメと言われますよ。」


「他にございますか?」


「貴方、随分勉強されているので省いて話をしますが、費用的にも割安で、未だ誰もやっていない、実現していないものがご希望ですよね、言ってしまえば。」


「はあ・・・・・・」


条件があるのですが、8月16日という日を考えると、これが一番。」


「はぁ・・・・・・」


「費用は何人乗っても10万以内歌志内・歌神・上砂川での長時間停車もOKです。」


「で、条件と言うのは・・・」


「絶対、報道しないで欲しいのです。少なくても国鉄であるうちは・・・・」


「は?」


 高橋副所長がお勧めとしたのはキハ22形式気動車が2両。


 直ぐには回答出来ませんが・・・と言うと、北海道総局旅客課へ連れて行って下さいました。


 そこで販売担当の鈴木氏と面談します。


「これ、普通のものでは無く、中をカーペット敷きに改造しまして・・・」


「はぁ。」


「今、一つ改造中なんですよ、ただ・・・これ、本当は休車の扱いにしていて東京の本社には内緒の改造で、使用なんです。」


「取り敢えず、苗穂機関区に連絡しますから、一度現物をご覧になって下さい。」


 その足で苗穂機関区へ参りました。


 札幌の次の駅でございます苗穂は、ホームから国鉄苗穂工場が見えまして、その奥にはサッポロビールの工場。


 駅を降りて工場地帯を抜け、苗穂機関区へ着きますと、高橋構内総括助役が待って下さって居りました。


 早速、検査庫へ参りますと、キハ22形式603号が改造の真っ最中でした。


ap2046 ←改造中のキハ22603号


「え?内緒にしろって?色々煩いからねぇ。国鉄に居るから貴方も解かるしょ。」


 どうも経費の捻出方法が課題なのだそうで・・・


「実はこの前のキハ2293号ね、殆ど経費0なんだわ。」


「え?」


組合の事務所の冷房化って言って貰った予算が余って、それとそれぞれ持ち寄りで作ったのさぁ、何も大活躍だよ、定期列車にブラ下げて走れば解からないもんなぁ・・・」


 そこでお一人、職員が入って来ます。


「これ、どうだぁ、ウチで余ったんだけど・・・・」


 手にはコンセントが・・・


「おうぃ、この人なぁ、東京から下見に来たんだと、8月16日には出来るべなぁ。」


「おう、東京からかい・・・・作る処見たら乗りたく無ぇって、言うなよ!」


 この暖かい人達が、そんなものに力を入れている理由は解かりました。直ぐに。


「今度なぁ、広域(広域配置転換)で、東京行くから、そん時には宜しく。」


 国鉄分割民営化の波は確実に押し寄せていたのです。


 人によっては生まれ育った北海道を後に、首都圏近畿圏へ移る方も、また全く違う仕事に転職されたり・・・それ以上に失業する職員が大量に出る事が、既に予想されていたのが北海道でした。


ap2023 ←カーペットのフレーム。これも全部手作りです。


 既に稼動しているキハ2293号とこの8月10日には落成するキハ22603号


 国鉄マンのプライドと、思いが込められたこのカーペットサロンカーで運行する事を内心で決めた小生は、翌日上砂川へ参ります。


 すると、商工会青年部の担当の方は、


「俺も国鉄なんだわ。」


 事情を説明しますと、


「いや、札幌から帰省する町の出身者を乗せて貰って、東京から来て列車の運行までしてくれるのだから、文句は無いよ。」


「ではせめて、費用は無しと。」


「いや~大丈夫かい、少しは取って良いよ。」


予算が半減しましたから、結構ですよ。」


 当日の町内巡回ツアーバスのルートを御案内頂く自動車の車内で、そう申し上げました。


 雪が残る上砂川炭鉱は、それでも活気がございました。


 歌志内駅にもご挨拶をと思い、上砂川駅で降りましたら、駅長さんに紹介すると言って頂き、佐藤駅長にご挨拶。


「遠くからわざわざねぇ、凄いねぇ。」


「いや、彼わさ、C623の復活が夢で、その為の訓練でこの夏の汽車も企画したんだと。」


「貴方は我が社(国鉄)に残れるの?」


「いえ、既に年令から採用枠外で・・・準職まで取れましたが・・・」


「そう・・・気の毒だなぁ・・・・・・辞めさせられてでも鉄道の為に動いている、立派ですね。」


 そんな大層な事では無いのですが・・・


 佐藤駅長が一枚の写真を出して、


「私もね、残れると限らないからねC62では無いのだけれど・・・・」


 D51機石炭貨車を牽いて、まさに上砂川駅を出発するシーンの大判写真でした。


「これ、差し上げます。夏にお会いしましょう!」


 感激でした。


 未だ春の遠い、ちょっと曇った日の午後でした。