我が夢を 道と信じて歩む友 幾億の縁 重ね逢いなむ
小生もまた、先達の夢を我が道と信じて突っ走る一人であります。
小生は色々師匠がおります。
蒸気機関車の師匠、客扱いの師匠、指揮官の師匠、物書きの師匠、ボランティアの師匠、人生の師匠。
その中で、鉄道企画の師匠は全くお会いしたこともございません。
その師匠とはジョルジュ・ランベール・カシミール・ナゲルマケールス、国際寝台車欧州大急行列車株式会社の創業者です。
と、言ってピンっ!と来た方は中々通です。
オリエントエクスプレスの実現者、ワゴンリ社の初代社長と言えば未だお気づきの方は増えるかも知れません。
彼は一生を通じて、鉄道旅客事業の可能性を開拓し、並行して鉄道が秘めた独自の産業文化を顕在化させた人物で、経営者やロマンチストと言うりも、技術的裏付けを絶対忘れ無い企画マンだったのであります。
その彼が最も苦しんだのが、戦争です。
平和こそ、文化に不可欠な水であり空気である、そして国家と国家のお付き合いとしての「国際外交」よりも、人と人との交わりである「民際外交」が優れていて、更に強固である事を知っていたのです。
そのワゴンリ社は鉄道会社のレールを借りて、列車の運営を専門とする会社だったのをご存知の方も、またまた少ないんですが・・・
あの敵の首級(しるし)目掛けて ただ一人 先駆けに立つ 我は将なり
小生は経営者に憧れなどしないんですが、夢を実現する強い気持ちだけはクールになれません。
その夢が自分だけの希望なら、妥協も転換も出来るし、言い訳も出来ます。
しかし、それが少なくても北海道・後志の人々にとって、そして将来の鉄道屋にとって、絶対価値の有る不可欠な夢であると確信するからこそ、蒸気機関車C623機にこだわるのです。
その中で小生の役割は、敵となるものの討伐とその先駆けとして斬り込む事・・・しかし、これは最大の名誉であり、誰にも渡したくない一番槍ですね。
後に続く青年が必ず有る。
そう、信じるからこそ、敵の首を狙って突っ走る事も出来るのです。
春秋を幾年重ねて戦場に 常に在りたき もののふ故にや
その夢が実現し更に構想全てが完成したとしても、冷暖房完備の建物の中で、ひとり個室なんて貰っちまって、秘書か何かが送り迎えも自動車で、ただ部屋で判子押すだけの毎日・・・なんて言うのなら、辞職します。
やはり、鉄道マニア相手に怒号浴びせて、駆け回る方が幸福ですよ。
そして・・・そんな現場=戦場こそが、小生が「生きている」っと実感できる唯一の瞬間でございまして・・・まぁ日々常に戦場に在る緊張感には包まれて居ります。
なもんで、タイトルが常に戦場に在り・・・「常在戦場」なんですけれどねぇ。
最近、戦場に立って無ぇなぁ・・・