ブログネタ:あなたの周りの「未解決事件」教えて!
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鉄道では、予期せぬ故障や、理屈に合わないが現実として発生した故障を「お化け」と呼ぶ現場が多くて、特に車両に関する箇所では広く使われていました。
鉄道での未解決事件では何と言っても「暗い夏」昭和24年に発生した「下山・松川・三鷹」の3事件が今も真相不明で、ただ3件共「複数人間の故意的行為によるもの」と断定はされていますが、謎・謎・謎。
さて、小生がご紹介する未解決事件・・・と言うか、不可解な事実は、昭和57年冬に発生した大雪で遭遇した事です。
ご紹介の前に、先に御案内して置きましょう。
当時の国鉄の通勤電車の主力は、先年東日本会社からは引退し、今日では西日本会社のみとなった103系通勤電車でして、設計最高速度は一応時速95km・・・ただ性能的には105kmまでと言われて、遅延回復の時などはその速度で運転された事も現実です。
次に当時の特急電車の主力だった485系特急電車、こちらは直流と交流の異なる電気方式を直通できる便利なもので、新幹線開業前の上野口(東北・高崎上信越・常磐線)ではまさに看板、まぁ当たり前に見られていたものです。
設計最高速度は時速120kmです。
この冬の日、午後になって降雪量が増えて小生が泊り勤務で現場に出た15時現在では遅延していない路線は山手線のみ、抑止(運転見合わせ)していないのは常磐線と東北本線のみで、高崎上信越方面は既に悲惨な状態でした。
で、夜になると気温の低下と共に、分岐器(ポイント)の凍結による動作不良や、架線の凍結による抑止が拡大し、18時頃には山手線も抑止となり、上野駅を発着する列車が全面的に停止し、他私鉄も軒並み全滅、地下鉄も銀座線を除いて地上区間でやられて・・・と首都圏がまさに「一時的凍結」したのです。
その日、高架第5ホーム(9・10番線)に配属され、夕方から事務室裏の休憩室ではヤカンや鍋を掻き集め、お湯を・・・これでポイントの凍結を解凍しようと言うのです。
駅は忘れたのですが、松戸か馬橋か金町でやっぱりポイントが凍結し、カンテラ・・・つまりオイルランプを総動員してレールの下にこのカンテラを入れて、直接レールを火であぶり凍結防止をしていたにも関らず・・・唯一残っていた上野~取手間快速電車の運転も抑止となりました。
現場は戦場です。
ホームでは帰宅を待つ御客様が溢れ、寒いホームを逃れて中央改札や大連絡橋にも御客様が一杯で、歩く事も出来ない程。
駅長室では警視庁に出動要請が・・・
そんな時、統合信号所から悲痛な叫びが・・・
「上野駅高架常磐振り分けポイント凍結で不転換っ!」
それを聴いて助役さんが叫ぶ
「学生っ!ヤカン持って走れっ!」
第一陣が現場の両大師橋真下のポイントに走り、それに続いて小生も・・・
ヤカンを置いて、また事務室へ戻ると、
「統信より常磐線一部運転再開っ!遅れております4016M、平からのひたち16号、ただ今藤代駅を125分遅れて発車しております。」
駅内原文電報=ファックスが同時に送られてきます。
「学生っ!ヤカン沸いたぞ!」
また走って参ります。
「助役さん、4016(M)ぶっ返して4021(M)だって、後続のHは松戸でケツ追って来る(特急の直ぐ後ろ)って。」
放送の職員さんが早速、
「御客様に御案内致します、本日大雪の為に遅れております平からの特急ひたち16号はただいま我孫子駅を通過しております。この列車は折り返し、ひたち21号となり、本日に限りまして、ひたち19号は運転休止となります・・・」
そこでポイントに出ていた職員さん達が戻って来まして、
「助役さん、もう大丈夫だよ。」
ポイントの凍結は何とか・・・
ところが、再びテレスピー(インターホン)が鳴ります。
「東鉄指令(管理局運転指令室)より、常磐快速上り列車車両故障の・・・」
松戸駅2番線でこの特急第4016Mを待つ快速電車が、扉が凍結して閉まらないと・・・
その時、別のテレスピーが
「統信より常磐線4016M、ひたち16号松戸駅120分遅延で通過、後続の快速電車は・・・・え?・・・後続の快速上り、19時56分我孫子駅出発・・・」
事務室には運休となった特急の指定券を持った御客様が数人やって来て、精算の方法などを聞いて・・・
一段落したので、知り合いの居る南千住駅へ鉄道電話を借りて電話します。
「あの~お疲れ様です、上野駅高架第5の・・・」
「お~お前さんかぁ、4016かい?今通過したよ・・・20時10分ね・・・え?ちょっと待ってて・・・」
南千住駅でも混乱しているのでしょうか・・・
「おい、後続のH(快速電車)のヘッドライト見えるぜ!」
上野駅に遅延の特急第4016Mが到着したのは117分遅延の20時17分、あと3分遅れたら特急料金は払い戻しだったのですが・・・・
が、この9両編成の特急列車がホームに入りつつある時、既に背後に光が・・・
そう・・・後続の快速電車が既に迫っていたのです。
特急は上野~松戸間を通過で通常16分程度、これを14分で走ったのですから、一応許容範囲です。
しかし、上野~我孫子間を停車して通常34分なのを24分、特急電車どころでは無く新幹線的速度で走らなければ実現し得ないものなのです。
いゃ、快速電車は我孫子から柏・松戸・北千住・南千住・三河島・日暮里と6駅停車して来るのですから、各駅での減速~停車(最短15秒)~加速のロスがありますし、冒頭の設計性能が違うのです。
まともに通過列車とすれば、単純に18分で走った事になりまして、それは最高速度時速130kmの現行「スーパーひたち」の時刻設定より早いのです。
そう言えば運転車掌さんが降りて来て、
「いや、後ろの快速が煽る煽る・・・おっかねぇ・・・」
確かに常磐線快速電車、通勤電車にはあるまじき速度と迫力がありますし、この所管現場の松戸電車区には「カミカゼ」・・・つまり特攻隊張りに速度を出して、しかも高度な技術の運転士が多いと聞きましたが・・・
そして詠われる
松戸電車区 電車の墓場 唸るモーター 鬨の声
まさに真冬の夜の夢。
今もって、不可解です。
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