特定非営利活動推進法が成立して、日本でもNPO法人が実現化して、既に数万の同業者がございますとか。
ところが、ウチは元々がボランティアシスムテとして稼動しておりまして、更に最初から複数事業を抱えたものですから・・・加えて単一の都道府県や市町村にこじんまりと活動するってぇスタイルでも体制でも無いんです。
が!、このNPO法人のうち、企業と言える様な帳簿になっている、つまり財務状態が健全とされているのは全体の2・3割程度、更に半数以上が同一の市町村を活動基盤とし、単一の都道府県なんて言うと全体の7割近くだとか・・・
逆に「全国展開・複数事業・完全市民ボランティア型特定非営利活動法人」となり、同業者組合的色彩や、スポンサーへの利益誘導を排除し(実は財務の健全な特定非営利活動法人の大半は、とてもとても推進法に詠われる精神にゃ全くソグワナイもんです。)、政治家の役員も無いとなると、これが凄まじい勢いで少ない。
結論から言えば、日本人の多くがイメージする社会奉仕団体で、社会文化を主旨とした、全く個の利益を排除した組織は、特定非営利活動推進法でも「異端」なんです。
ただ、防犯ボランティアってのが発生して、随分増えて来ましたからね、ボランティアでの警備隊ってのが受容される時代になったのは、大変ありがたい事です。
銭も貰わないで、警備なんて・・・と、まぁ大抵首を傾げられたもんですからねぇ。
それでも、ちゃんと研修も指導もしていたんですよ。
ただ、ここまでは一般的に理解もされ、まぁ他にもあるんでしょうが、「鉄道輸送警備隊」が他と違う、そして絶対マネ出来ないし、する物好きも無いだろうってのは、「情報調査」セクションが非常勤でありまして、実際に稼動していた事です。
つまり、CIA(米連邦政府中央情報局)であり、NSC(米連邦政府国家安全保障委員会)であり、探偵の様なスパイの様な刑事の様な・・・
主な任務は、C623機に関る妨害や支障を未然に防いで、事故や混乱を起こさせない様にする事で、具体的には面白がってか、まぁ妬みも有るんでしょうが、いたずら電話や、撮影地で大量に滞留するファンの煽動による警備活動の妨害、悪質なのはその関係者に対する嫌がらせを超えた威力業務妨害事案です。
もう時効ですから初めて書きますが、昭和63年4月29日のC623機本線営業運転初日のことです。
小樽運転所での出発式を終えて、駆けつけた小樽駅ではセレモニーが始まっておりまして、早速機関車側と最後尾に分散して我が鉄道輸送警備隊後志特別派遣隊・走将隊を配備して、小生は最後尾へ・・・
すると、鉄道ジャーナル誌の沖勝則カメラマンがいらっしゃいまして、確かその前に何かで面識がありましたのでご挨拶し、セレモニー撮影を手早く終わらせて客車の撮影に・・・と言う事でした。
無線機の調子が悪く、一旦機関車班の元に行き、直ぐに戻ると未だ沖さんはデッキ付近に。
で、感激となります復活の汽笛っ!
が・・・その数日後、北海道旅客鉄道・札幌本社に某大学の教授を名乗る人物が幹部に面会に訪れ、あろうことか
「鉄道ジャーナル誌は良くない、C62ニセコ(その列車の愛称)出発の時にそこのカメラマンがファンを押し退けたので、ファンが軌道上に落ちて怪我をした。」
なんて言うことを吹聴して歩いたのです。
北海道旅客鉄道では事実確認を徹底させずに、ただ御客様の御意見は第一ってんで鉄道ジャーナル誌への取材許可をやんわりと断ってゆくのです。
で、北海道鉄道文化協議会事務局でその話題を聞いたのは夏の頃でした。
早速、飯田橋の鉄道ジャーナル社に竹島社長を尋ね、この点を御報告申し上げたのです。
まぁ第一、その某教授が指摘した時間、当の沖さんは小生と一緒に現場から一番遠い最後尾に居りましたので、事故を起こし様も無いんです。
で、社長からその人物の名刺のコピーと出入りする場所を伺ったのです。
さて、早速幕僚達にそれを報告すると皆凄い勢いで怒った!
「下らない嫉妬で嘘を事実にしようなど・・・許さんっ!」
それから「情報調査班」の動きは素早く、その名刺の大学に確認し、立ち回り先を調べ上げ・・・
12日目、東京駅某所で交代の張り込み・・・
「隊長、俺、警視庁に就職したんじゃないんだけどなぁ・・・」
「え!?、俺だってそうだよ・・・ってかさ、第一ボランティアじゃん!」
13日目、遂に「被疑者」の顔写真と本名・住所が割り出せまして、早速御報告に・・・
彼は大学教授どころか単なるサラリーマンの鉄道マニアでして、身分や住所の詐称に加えて、第一、威力業務妨害事案の容疑者です。
充分、刑事事件として提訴すれば立件・有罪は間違いない!
が、竹島社長は、
「この人ね、家族と同居というし、サラリーマンだし、中に法律家を立てて、二度とこんな事はしません、とか念書を貰って終わりにします。まぁ、相手が裁判というなら、徹底して戦うけれど。」
極めて温情・・・しかし小生の怒りは留まりません。
「まぁ、君や仲間達の情熱は凄いですね、警視庁に入った法が良かったんじゃないですか(笑)」
沖さんも笑顔で、安堵されていた様でした。
後年、酒席を御一緒した際に、
「やはりあの時には気が気で無かったんですよ、ただ社長が彼等を信じましょうと言ってくれてね、いゃぁ感謝してますよ。」
と仰られました。
未だ未だ若くして、ご病気で沖さんも逝かれてしまわれました。
小生達のボランティア人生30年、沢山の人々と出会い、そして悔しいのですが、幾人もの方が亡くなられて行かれました。
そんな人の生き死にを余りに多く見た為なのでしょうか、蒸気機関車で儲けようだの、私しようと考えられないし、そんな野郎見たり聞いたりするだけで眠れない程頭に来るんですね。
真面目ってんじゃ無ぇんですよ。
誰にでもありますでしょ?
何をしてでも守りたいものや人、そして精神ってのがね。
