とにかく、学校の勉強で算数と英語は苦手でしたね。
歴史も飽きまして、体育なんか悲惨なもんです。
それが、蒸気機関車・・・それも日本最大最速最美のC623機復活を夢に描いた頃から、苦手なんて言っていられなくなる訳です。
全くここまで至ればむしろ自慢ですが、元々偏差値が低い高校で数学は学年ワースト5を上がった事無く、何時も補習で単位を、それもお上の情けで頂いて、英語も赤点で無い時は無く、音楽は中学時代から最低の評価で・・・もっとも歌唱は高い評価でしたが、指が短くてリコーダーも、鍵盤も上手く弾けないんです。
が、電気工学の基礎工学や製図、電気理論ってのは学年ベスト5を落ちた事がありません。
社会科も公民や地理は学年トップを突っ走ったものの、歴史は・・・
それでも、上野駅に居て改札に立つと着札精算があり、暗算がともかくも苦手な小生も実地で訓練されて、後には経理担当で呼ばれる始末ですし、蒸気機関車に関るとともかく数字が苦手なんて言っていられないのですね、更にその前哨戦としてのイベント列車に関しましても、当局との交渉で数字が沢山・・・
英語も試験は絶望と言うよりは玉砕、でも駅で外人さんに尋ねられて逃げた事なんかありませんし、偶然出会った米国海軍士官の皆様とお友達になって、第七艦隊旗艦「ブルーリッジ」(LCC19、米国ブルーリッジ級揚陸指揮艦/19177t/フィラデルフィア海軍工廠製造・1970年11月14日就役)のパーティーに呼ばれたり、その翌々日にはロシアの漁船の船乗りさんとお友達となって、カニの缶詰抱えるほど貰ったり・・・と、実用ではまぁまぁ役に立っている様子ですし、歴史に関しては今はちょっとは得意の分野になりまして、殊に新選組を抱えた頃にはそれまでの戦国史に加えて、幕末史も・・・
逆に作文なんか得意だったのに、今じゃまともな文章なんぞ書けませんし・・・それはこのブログをお読みの皆様には解説不要でご理解頂けるかと・・・
昔、米国の歌手でマドンナと言う方の「ライクア・バージン」ってぇのが流行りまして、何てぇ凄いタイトルかよっと驚いたもんですが、処女が好きって訳するじゃ無くて、「乙女の様に」なんだそうで。
で、小生は直訳したライクア・バージンの派閥です。
ったって、処女の女子で無ぇば嫌って話じゃ無くて、「前例が無い」とか「初めての・・・」とか、「未だやった事が無いぜ」なんてぇのを実現化するのが、大好きなんですね。
鉄道ファンのグループが一種自警団抱えたってのも、他に例を見ない、と先輩から反対されたもんで常設組織とした処がありますし、蒸気機関車だってどんなもんだか知れねぇぜ、ならもっと単純にイベント列車を仕立てるってのはどんなもんだか、まぁやってみよーぜ、何て試験的にんなもんやるんだって、相当前代未聞ですわね。
で、結構ファンが共同でイベント列車転がすってはありましてね、その中で在来型一般客車=レトロ客車でのイベント列車ってのはそれ程前例が無かったんです。
興味はありましたが、実際にC623機に関りだしてその在来車の魅力と共に、誘客力に気付いた頃、知人と後輩が別々にアイデアを持ち込んで参りまして・・・
一つには会津まで夜汽車で行き、上越線を大回りして戻るほぼ一筆書きのレトロ夜行列車と、JR足尾線が第三セクター鉄道になる、その最後の日にさよなら列車を・・・と、どちらもなかなかに手応えと、段取りを想像しただけで眩暈がしそうな忙しさが容易に浮かぶものでして・・・
で、足尾線が3月28日運転と固まっていたものの、当局との交渉と集客に課題があるってことで、当時の日本トレインクラブに発注をやり直して正式に交渉を始め、同時に別の現場から会津プランを上げて、双方の担当者には、
「昭和64年3月25日から夜行で上野を出て、翌日会津若松を経由して新津まで、27日新津から高崎経由で上野まで至り、更に翌日28日には上野から高崎・桐生を経由して足尾まで直通して往復」
と、運用まで書いて提出しました。
ところが、
「在来車で延長2000mを超えるトンネル通過と、連続1000kmを超える運転、夜行の運転を、貸し出しした前例が無い」
と、某現場から通知されて参ります。
実はそのアイデアを抱えた時に調べて貰っていて、それを突き崩す方法を色々画策していたものですから、即座に
「ええっ!だって5年前まで今次企画の通過する清水トンネル(上越線土合~土樽間延長9702m)には急行で在来車通過していますよ・・・」
「そう・・・ねぇ・・・」
「それに会津若松で数時間、観光停車しますし、27日にゃ午後の出発ですから、新津で検査の時間的余裕、取れますよね。」
「う~ん・・・」
何て言って担当者を虐めて、片方の運転認可をしっかりと取りましてから、
「足尾は輸送番号頂きましたよ・・・回送で上野まで持って来ますし・・・」
これが作戦です。
連続していても別個の企画、しかし片一方がOKならば断る理由としての一番大きなものが無くなるんです。
更にこれは別の支社のものとして提案したもので、更に警備員の問題もC623機での実績を説明して警備員省略と言う、実はこれが最大の「壁」だったんですが、これを打ち壊したのです。
「なら、3ツキ25ヒ、実施ね。」
この瞬間が小生の快感なんですね、まさに「ライクア・バージン」。
画像はその「会津ムーンライトエクスプレス」の磐越西線喜多方~新津間でのもの。
この「ムーンライトエクスプレス」だって、未だJRが夜行快速に「ムーンライト」なんて付けて来る前です。
今日ではこんな手も通用しません、第一段取りの手法が全く変わってしまいましたし、その後2本ほど在来車企画を実施して、充分すぎる位の経験と実験結果を得られましたので、これ以上は良いかな、とその方針を平成6年には転換しております。
沢山が知らなくても、誰かが知っていればそれで良いんです。
ただオリジナルかどうか、なんですね。
誰かの真似・・・所詮、何処かで真似なんですね、しかしプログラムのコピーはクリエイターとしては恥ずかしいでしょ?
安全で確実な売り上げってな事で、随分「まがい」や「コピー」がはびこっておりますが、オリジナリティが無ければ所詮は「真似もの」なんです。
で、オリジナルでパイオニアってのは、まぁともかくも抵抗も多いし批判も凄いんです。
でも、それを全部ぶち壊して、「夢を現実化」するってのが、やはり小生最高のエクスタシーなんです。
ちなみに・・・小生は処女の女性と契るのは避けて通りたいですね。
相手の方が一生記憶されるでしょうしねぇ、最初の相手って。
それでアンナ馬鹿、なんて評価されて・・・なんてぇ事になったら一生馬鹿で記憶されてしまうのです。
それこそ、格好悪いでしょ?
あ!変態に同意を求められても返事に困りますね・・・
