この3月で、東海道本線の急行第101・102列車「銀河」が消えた事はニュースにもなりましたが、それに並行して全国的に「客車」がまた一段と減少しました。
お座敷列車、なんて一時は各鉄道管理局で1本は抱えていた「販売促進用資材」だったんですが、分割民営化から二十年以上になり、すっかり電車に変わって来ました。
ええ、客車には動力が無いものですから、機関車に引っ張って貰わないと動かないんですね、しかし動力=機関車を換えれば何処でも直通(但し、軌間の違う新幹線や山手・京浜・横浜線などでは信号機のシステムが違うので機関車自体が入れません)で行けるという利点があり、そりゃ一時は走らない日は無いって程に人気がありました。
ただ、基本的にこれらのイベント用機材はオーダーメイド列車=団体専用列車、通称「団臨」で使われるもので、そのチャーターは最低50km、人数150人以上で、乗車券とグリーン券、ものにより急行料金まで必要なんて大層高額な商品なんです。
それらも多客時輸送、つまり「盆・暮れ・ゴールデンウィーク」にゃ臨時列車として「みどりの窓口」で1枚から買えて、団体客で無くとも乗れたのです。
画像の品川欧風編成「サロンエクスプレス東京」は、そんな中でもコンパートメント(個室)車とティーサロンに両端展望室の小洒落た客車列車で人気があって、暫くは経費回収もあってか全席指定特急列車で転がってました。
後々には、お座敷客車に改造されて、全く商品活用能力がJRに無い事を露呈してしまいましたが、これも3月で引退して行きました。
さて、年代は昭和56~58年頃なのですが、朝9時過ぎに上野発福島から奥羽本線経由山形行急行「お座敷ざおう」号と言う臨時列車がありました。
在来型一般車と呼ばれたレトロ客車のグリーン車を改造し、客室を畳敷きにした粋なもんでしたが、在来車独特の「手動ドア」と、その重厚な風合いがファンには人気でした。
ある夏の日でしたが、同じ上野駅の学生臨時雇用員=学生助勤の仲間と共に、中央改札口から公園改札口へ移動している時、その「お座敷」を眺めて行こうってな事になりました。
ベルが鳴りまして、定時発車!
こちらも国鉄制帽にワイシャツで、何ら正規職員と変わりませんから一緒に
「後部確認」
の指差しをし、所定の行動・・・指をレールに向けて、一旦見える範囲まで確認して脱落物が無いか確認・・・?
仲間と共に指が止まる・・・
そして時間が、呼吸が、鼓動さえ一瞬停止した気が・・・
ホーム上にビニール泥除け加工がされた、それも銀色ラメか何か入った、御婦人用草履が置いてある!
それもホーム端に揃えて!
彼と二人、取った行動は一緒で、先ずホーム下を覗いて・・・
履物を揃えてってのは飛び込みのサインみたいなものですからねぇ・・・
ところが!
無い・・・その草履の持ち主が・・・居ない。
で、ハタと気付くのです。
「そう言えば、今のってさぁ、お座敷列車だよね・・・扉手動の・・・」
この、お座敷客車スロ81形式は扉を開けるとデッキにも赤い絨毯、その脇には靴箱があって、スリッパが常備されているのですが、どうも持ち主の御客様は、扉を開けて赤絨毯の手前で草履を脱ぎ、スリッパで車内へ・・・その時、草履を忘れて来たのでは・・・と言うのが我々の推理。
で、確認したら確かにお婆ちゃんからそんな申告があったと上野駅遺失物扱所に連絡があったとか。
全く、びっくりしました(笑)
