ブログネタ:タイムマシンがあったら過去と未来、どっちへ行く?
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そりゃ過去ですよ。
天正十(1582)年六月二日(新暦6月21日)未明までに山城国京都・本能寺の織田信長を京都南東から脱出させて、惟任日向守光秀のクーデターを未然に防止させてみたいでがす。
それと、慶応四(1868)年四月二日(新暦4月24日)下総国東葛飾郡流山で、大久保大和守剛(近藤勇)率いる徳川陸軍別隊を一旦小金城まで撤退させて、西軍宇都宮斥候隊を退けて彼等を会津へ行かせたいですねぇ。
でも、どちらか一つ、と言われれば、やはり織田信長救助の方が時代の流れは大きく変わる・・・彼等にとっては何も変わらない・・・結果になったんでしょうネェ。
天正十四(1586)年には九州も制圧し、残るは越後の上杉と、関東の北条くらいですもの、信長存命中の天下統一は確実でしたよね。
問題はその先、外交です。
結構、海外とは公益中心で平和的に商売したんじゃ無ぇかしらん、などと考えますが・・・
因果不二と申しまして、原因と結果は一体のもので、結果は新しい原因なんだそうですよ。
未来の姿は、今を見れば判る、なんて言われておりますし。
今日のような刹那的・場当たり的な世間を繰り返してりゃ、タイムマシンで未来で行くまでも無く、全く欝になりそうな先しか思い浮かばないんですよ。
環境ばかりで無く、精神も地球は危機ですわ。