「障魔紛然と競い起こるも、魔を魔と見破れば、恐れるに足りず」
自分の行動や活動に於いて、差し障りになる人間や法律や世間・環境、時として・・・と言うか実はこいつが一番厄介で、一番原因となる確率が高い「己心の魔」、つまり自分の中にある、猜疑・見栄・差別意識・恐怖・コンプレックス・・・
何故か人間が価値有る行動を起こす時、とにかくそんなものが抵抗として道に溢れてきますなぁ。
小生は、友人達が言わば、
「成功の一度も無い人生だが、勝利はきっちり収めている嫌な奴」
なんだそうでして、いやいや流石!、云い得ております。
そんな人の世の幸福に縁遠い人生だけを選んで、変態道をふらふら進んでおりましても、この障魔は、まさに紛然=紛らわしい状態で押し寄せて来るもんです。
最初は人間全部が信じられなくなるんですね、でも段々肌で感じるんですよ、本当の言葉を言う奴と、そうで無い奴、そして確実に敵意・悪意を持っている奴。
まぁ四十代も半分で気付く事すらお恥ずかしい、稚拙な話ですが、本質をとにかくとことんまで探る事=個々の言葉に細かく耳を傾け、何を伝えようとしているのか、それを知ろうとする努力ってものが肝要だったんですね。
が、ともかく武闘派なものですから、直ぐにカチン!と来ちまうんです。
このカチン!で冷静な判断や分析、何よりこの「聞く」てぇ段取りが吹っ飛んでしまうんでさぁ。
「地震・雷・火事・オヤジ」
なんてぇ怖いものの喩えがりましたが、今時は違うんですね、小生にゃ
「地震・雷・火事・マニア」
が怖い(笑)
しかし、自然災害が怖い・・・まぁ強烈な破壊力と人智を超えた運動、確かに怖いんですが、雷も台風も大雨も大雪も、「予測が出来る災害」に現在はなりつつあります。
問題は地震。
こればかりは正確に予測が出来ない、地震予知に多くの人間が多くの視点で一生懸命挑んでいるのに、こればかりはなかなか厳しいものだそうです。
「風邪のワクチンは出来るだろう、癌も征圧出来るだろう、しかし地震予知は不可能と言わざるを得ない」
のだそうです。
今回の岩手宮城内陸地震で、突然の土砂崩壊で面識のある青年が犠牲になりました。
彼は日本では本当に数少ない、鉄道文化と地域活性化を地面に足を付けて考えられ、行動出来る人材であり、それは国家的財産と言っても大袈裟では無い人だったんです。
ただ、今回亡くなられた9人の皆様も、家族や地域だけでは無く、この惑星において掛け替えの無い、至上無二の存在であった事は言うまでもありません。
とは別に、地震は怖い・・・本当に怖いのはそれに向き合います人の心だったりしませんかねぇ?
都市域に於いては、何より怖いのはデマ、なんですね、とにかく日本人は情報の正確な分析と共に、それを「有効に使う」ってぇ事が苦手ですわね。
それは「物事の本質をきちんと見定める」能力の低さとも言えますな。
備えってのは、装備を掻き集めるってぇだけで無く、情報管理・情報確保・情報分析の部分を含めて心掛けて置くってぇ事で、地震の時にゃこの道は危ねぇぞ、とか、ここの公園にゃ水の備蓄タンクがあるぞってぇ具合に、何処の役場でもそんな危機管理マップは張り出してあるものです。
一個の人間が持つ・・・いやこりゃワンコもニャンコも、生命の存在そのものが個々に持つ「存在意義」と「可能性」は、それこそ地震予知より難しいけんども、間違いなくデカイし、深いし、小生が如き愚物にゃ想像も出来ない程のもんです。
その可能性、言い換えれば価値を、如何に守り、開花せしむるか。
この点から防災ってのを一つ考えて見ませんかぇ?
地震そのものより、その後にくっ付いて来る人心の動揺程、怖いものってぇ無い筈ですよ。
地震にも性格や性質があるんですね、それを見極めれば、少なくとも回避行動が色々取れますでしょ?
魔を魔と見破って、生きて生き抜いて行きましょうや。
この先どんな人生が待っているか知れ無ぇんですからね。