きょう6月11日、懐かしい人と懐かしい話をして参りました。
その中で、小生も知らなかった話が・・・幾つかった中で、強烈な思いが蘇る出来事を伺いました。
それは、昭和62年3月31日から4月1日に掛けて、小樽であった事・・・走将C623機が奇跡的に復活を遂げた、国鉄最後の夜からJR最初の日の早朝に掛けての事。
前夜、氷点下3度の吹雪の中で、国鉄さよならイベントに引っ掛けて、殆どゲリラ的に仕組んだイベントとして、C623機小樽築港機関区構内試走があり、その余韻冷め遣らぬ翌朝の事だったそうです。
それまで、記念館の片隅でまさに雨ざらしになっていたロクニを、機関区に引き戻して状態を調べ、それが終わってから暫く小樽築港機関区扇形庫29番線に休んでいたものでしたが、国鉄終焉のわずか3週間前に復活が決定、区員とOBが自力で自力走行状態まで復元修繕した、実は国鉄史上でも類を見ない奇跡だったのですが(通常、蒸気機関車の修繕は工場で行います)・・・・
それを運転現場で仕上げたのは奇跡的、と言うよりは奇跡なんです)、その翌日、個々に荷物を持った人々が申し合わせた様に部屋から出て来て、29番線の前にふっと立ち止まると、彼等は一礼をして去っていったのだそうです。
分割民営化や定年退職、そして異動で機関区を去って行く人達だったそうです。
どんな思いが胸にあったのでしょう。
小生には余りに切なく、それを解説する余裕は無くなります。
しかし、彼等の一礼は、感謝と共に、
「確かに自分がここに生きていた証明」
が、C623機に伝わった、或いはその願いが、誓いがあった事は間違いないでしょう。
今日の面談相手はその仕掛人だった元北海道鉄道文化協議会専務理事・工藤竜男さん。
彼も話をしているうちに、その二十一年前の熱いものが蘇って来ていた様子でした。
それほどに多くの人間を魅了したロクニ・・・いや、ロクニがその人間達に魅了されて呼び寄せたのでしょう。
彼の言葉にならない思い、小生には伝わっています。
「我、今再び此処に蘇えらむ」
それは蒸気機関車の復活では無いんです。
その真意は、人間の蘇生。
「やっぱり、ロクニ重連・・・見てみてぇなぁ・・・」
工藤さんはそう言って、銀座の街並みに目を細くしていました。
彼は自分に必要な人間を呼び寄せています。
そして邪な人間を、確実に「排除」しています。
それは、彼自身が無数の小樽人や国鉄人の誇りであり、祈りであり、真実であるからです。
