小生、俳優声優に憧れたってのも無いのですが、何故かそんな経験をしています。


 まぁエキストラってのが俳優に含まれないと定義すれば、それは微妙なんですが・・・


 初出演?は学生の頃、上野駅でドラマの収録がありましてその後ろに小生の放送が・・・


 確か2Hもの(2時間サスペンス)だったんですが、偶然でしかありませんでした。


 その録音屋さんがホーム事務室へやって来て、


「もう一度言ってくれますか?このマイクへ・・・


 と言うので・・・

 そんなに多くも無いのですが、列車の車掌さんや駅員・・・から始まって、警察無線やホテルの館内放送など、全部で二十本位かしら・・・単に「それ風に」でしか無いのですがねぇ。


 自前で団体専用列車なんか仕立てたり、JRの応援でイベント列車に乗り込んだりと「実際の運転列車」での車内放送の経験もありますし、で、勉強の為にと参加させて頂いたサスペンスドラマ(収録は札幌・小樽)では、いやいや最初は単に制作プロデューサーのアシスタントでしか無かったのですが、


「君さぁ、JR(北海道)の車掌さんの制服、借りて来てよ。」


「はい・・・」


 なんて事で、早速札幌車掌所へ。


 当時、蒸気機関車に関っておりましてその車掌さんに当たりを付けて置きまして・・・


 そうしたら、助役さんが歓迎して下さいまして、


「で、サイズは?」


「はぁ、私と同じで、と言われまして・・・」


 出して頂いたのはその助役さんの制服で、しかも殆ど新品!


「これも付けて置くかい?」


 と、名札まで・・・


 早速、ロケ隊本部となっていた小樽市高島の宿に戻りまして報告。


「へ~、んじゃ着てみてよ。」


 はいはい、と着替えてプロデューサーさんと監督の鹿島章弘さんにご覧頂くと、


「じゃあさ、ここ読んで。」


 ドラマ冒頭の車内放送Nシーンです。


「ああ、良いんじゃない!流石に車掌経験者の役者は居ないからね、明日は役者で頼むね。」


 え?!


 翌日、先輩の職場でもある札幌運転所検修庫3番線に、スハネフ(B寝台車車掌室・電源付)+オハ(自由席車)+オハ(指定席車)の特別3両編成を据付て、窓上の雨樋に暗幕を角材で固定した「412列車・急行まりも号実物ロケセット」を作り、車内シーンの撮影に・・・


 放送が10月となっていたので、車掌さんも冬服・・・しかし9月頭の札幌は暑い!


 で、地上電源でクーラーを入れたのですが、収録中はその騒音が酷く、その度に切断することになり、そのスイッチも小生が・・・


 遂に来ました初シーン!


 お相手は現在「相棒」で人気再沸騰中の水谷豊さんの奥様で、元キャンディーズの伊藤蘭さん、いや~緊張しない訳が無いですよ。


 このドラマは脚本選定から勉強させて頂きまして、ロケハンもご一緒して加わらせて頂いておりまして、スタッフ・キャストの皆様とは顔を合わせているものの、やはり・・・


 共演はわずかで終了、その後3シーンを収録しましたが、昼食直前に録音技師金子義男さんが、


車掌さんの放送の音、貰える?」


 と、放送の声のみを・・・それは車内のスピーカーで拾う方法でしたが、そちらは一発合格!の筈が、


「今度はさぁ、普通に実際走っている車掌さんの放送で、本(脚本)じゃ無くてさ・・・」


 ってな事で、通常一般的なちょっと北海道イントネーションで・・・


「・・・札幌車掌区、古瀬がご案内致します・・・」


 ええ、制服の持ち主で名札の助役さんです。


 放送終了でオルゴールが終わると、OKっ!と言う声と共に爆笑の渦が・・・


本物ったら、ほんものだもんなぁ!」


 と金子技師はご満悦でした。


 実際の放送では脚本による冒頭シーンが全部削られて、小生の「一般的な車掌さんの放送」になっておりましたし、大体サスペンスドラマのバックで車内放送がフルコーラスで流れるのも異例。


 さて、ロケが終わって後に蒸気機関車関係で数日小樽に残ってから帰宅すると、荷物を降ろす瞬間に電話が鳴りまして、


「ああ、この前はどうもね、お疲れ様。」


「ああ、本当にありがとうございました、お世話になりました。」


「でさ、来週なんだけれど、空いてる?」


「え?」


「また、小樽なんだよ・・・」


 で、小生のドラマ屋人生がスタートしたのであります・・・


 台詞付での出演?は十本位、ドラマ関係時代にロケーションコーディネーターや制作アシストで関らせて頂いたものが五十本位なので・・・


 んでもって、小生の手元に残るのはこの最初の出演となった「寝台急行まりもの女」(監督・鹿島章弘/制作・ウインク2/放送・テレビ東京)の脚本とV(ビデオ)のみです。


 他のものは・・・2本目の「望郷」は主演の有森也美さんと小樽市役所の方との3人で撮影した写真のみですし、これ以降はカメラすら持って行きませんでしたから何も残っておりません


 まぁ性格と言うか・・・終わった仕事の資料なんかは大抵、捨ててしまうものですから・・・


 その後数年間、この商売に漬かるのですが、今日ではなかなか当時お世話になった方も拝見しません。


 時々、大河ドラマや映画、スペシャルドラマで拝見しますが、皆様ご出世されたのでしょうか。


追伸、本当にごめんなさい!「これ一本だけ、君の勉強だから、この業界に漬かってはいけない」と約束して置いて見事に裏切ってしまいました、原田さん、本当にごめんなさい・・・


 それと、使って頂いた制作会社の皆様、ごめんなさい!突然廃業しまして・・・アノ後、内臓を悪くして足腰立たない事になりまして・・・ご迷惑お掛けしましたっ!(岩崎嶺こと義将)