3月11日の地震の時は16階のオフィスに居ました。
免震構造なので横にゆらゆらと揺れて殆ど立っていることができませんでした。酔ってしまうくらい揺れました。
パーテーションやキャビネットの上のファイルが落ちた程度で、キャビネットが倒れたり
ガラスが割れるような事はありませんでしたが、机の下にもぐり、支給されていたヘルメットと
水やエイドキットが入ったウエストポーチを引っ張り出し、階段を使って避難しました。
そのあと余震も何度かあり、避難場所から28階建てのビルを見上げていると、ゆらゆらと揺れているのが
見えて、ビルが倒れて来るのではないかと不安になり、すこし遠くに離れました。
地震が起きてからずっと家族に連絡を入れていましたが、全く通じませんでした。
上の娘は姪っ子と一緒に武道館に遊助のコンサートに行って、終わったらこちらに来る予定でした。
一時間ほど後に、現状で動いている交通機関や、歩いて帰れる人は帰宅し、帰れない人はビル内に戻って良い事になり階段を使って16階のオフィスに戻り交通機関の復旧を待ちましたが、余震のたびに揺れて本当に不安でした。幸い停電もなく会社のシステムも正常だったのでPCは使えましたので、インターネットで情報が見れました。
この間に海外の関係会社の同僚たちから、心配するメールが届いていました。海外のメディアでもトップニュースで日本の地震と津波等の映像が流れていたようです。
一時間ほどして、エレベーターが使えるようになったので、地下のコンビニとパン屋さんに行き食料を買ってきました。その後、公衆電話を使って家族と連絡がとれ一安心しました。
上の娘は、姪っ子と共に、たまたま単身赴任先の大阪から、東京本社に来ていた姪っ子の父である義兄の会社に着いているとの連絡があり、朝電車が動いたらどうするか連絡することになりました。
一時間ほどソファーで仮眠をとりましたが、長野で起きた地震の揺れで目が覚め、インターネットでテレビのライブニュースを見ていたところ、娘からメールでこっち(東京駅の近く)に来ないかと誘いがあり、義兄から電話で連絡があったので、動いている電車に乗って八重洲まで行きました。娘に会えて一安心しました。
7時頃にJRが復旧するという事でしたので、義兄・姪っ子・娘・姪っ子の友達と共に東京駅に行き、それぞれの家に向かいました。
JRは8時になっても復旧せず、結局は都営線と京浜急行で家に着いたのは12時過ぎでしたが、家族みんなが元気で会えて感謝感謝でした。
今回の地震で携帯電話の弱さと、NTTの固定電話の強さを感じました。
ソフトバンクは施設を充実させろ!!!!