★歴史学No.505
✳️激動の20世紀108
✴︎1994年
・2月4日 - H-IIロケット1号機、種子島宇宙センターから打ち上げ成功。
・3月15日 - アメリカ合衆国軍、ソマリアから撤兵。
・4月2日 - 対共産圏輸出統制委員会(COCOM)が解散。
・ 4月7日 - ルワンダで集団虐殺(ジェノサイド)が開始(約100日間でおよそ100万人)。
・4月10日 - NATO、ボスニア紛争でセルビア人勢力を空爆。
・4月11日 - ルワンダ虐殺: 国際連合平和維持活動にあたっていたベルギー軍が駐留先の公立技術学校から撤退後、学校がフツ族民兵に襲撃され2000名の避難民の大半が虐殺。(公立技術学校の虐殺)
・4月15日 - 世界貿易機関を設立するマラケシュ協定署名
・5月5日 - アルメニアとアゼルバイジャンがビシュケク議定書に調印、ナゴルノ・カラバフ戦争停戦。
・5月6日 - 英仏間の英仏海峡トンネル開通。
・ 5月10日 - ネルソン・マンデラが南アフリカ共和国初の黒人大統領となる。
・6月27日 - オウム真理教による松本サリン事件発生。
・7月8日 - 北朝鮮の金日成主席が死去。
・7月16日 - 22日 - シューメーカー・レヴィ第9彗星分裂核が相次いで木星に衝突。
・7月25日 - イスラエルとヨルダンが平和協定に調印、1948年以来続いていた戦闘状態に終止符。
・8月29日 - ロシア軍、旧東ドイツとバルト諸国から撤退。
・8月31日 - ロシア陸軍、エストニアから撤兵。
・9月3日 - ロシアと中華人民共和国、お互いを核兵器の照準から除外することに相互合意。
・9月14日 - オーストラリアで、後にヘンドラウイルス感染症と確認される患者が初めて発生。
・10月1日 - パラオがアメリカ合衆国の信託統治から独立。
・10月21日 - 北朝鮮核問題: 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に軽水炉を提供することなどを条件として、同国が核開発を放棄することに合意(米朝枠組み合意)。
・11月5日 - ロナルド・レーガン元アメリカ合衆国大統領が、自らのアルツハイマー病を告白した手紙が公表される。
・11月13日 - スウェーデン、国民投票でEU加盟を承認。
・11月28日 - ノルウェーのEU加盟が国民投票の結果、1972年に続き否決。
・12月11日 - 第一次チェチェン紛争勃発。
【黄金主義】―安東恭助
レーガンの凄さは、ソ連を経済的に追い詰める事を見抜いたところだと私は思っている。
✳️レーガン政権は、米ソ両超大国の力の均衡を維持することに役立っただけで、冷戦そのものの解決にはまったくならなかったばかりか、いたずらにこれを長期化させる原因になっていたデタントを否定し、ソ連を「悪の帝国」と名指しで非難。
替わりに「力による平和」と呼ばれる一連の外交戦略でソ連と真っ向から対抗する道を選んだ。
その概要は、
1.国防予算を大幅に増額してスターウォーズ計画を一方的に推進する
2.ソ連はこれに追いつこうとするあまりより一層の無理を強いられる
3.その結果アフガニスタン侵攻の泥沼化でただでさえ逼迫しているソ連の国家財政は破綻し、社会保障制度が麻痺する
4,ソ連の国民はそんな共産主義政権を見限りソビエト連邦は崩壊する
というシナリオだった。
果たしてその読み通り、早くも1980年代中頃になるとソ連の財政赤字は肥大化し、財政は危機的状況に陥った。
また1985年にゴルバチョフが書記長に就任すると、「グラスノスチ」によりソ連の危機的状況が西側にも明らかとなり、アメリカはソ連から核兵力・通常兵力・対東欧諸国政策のすべてにおいて大幅な譲歩を引き出すことに成功した。
西側諸国の一員である日本も防衛費1%枠を1987年より廃止し防衛費を一時的に増額し冷戦の終結に協力している。
こうしたソ連の態度軟化を変化の兆しと見たレーガンは、自らも強硬な外交路線を修正、ゴルバチョフに対してはこれまでの改革を評価するとともに、より一層の改革を行うことを促した。
レーガンはゴルバチョフと、ジュネーヴ(1985年11月)、レイキャビク(1986年10月)、ワシントンD.C.(1987年12月)、モスクワ(1988年6月)と四度にわたって首脳会談を行っている。
主な議題はいずれも軍縮と東欧問題だったが、一回目は米ソ首脳が6年半ぶりに会談すること自体に意義があり、二回目は物別れに終わったもののゴルバチョフが交渉に値する人物だという確証を得ることができた。
そもそもレーガンは三回目のワシントン会談でゴルバチョフを訪米させることにかけていた。
終わりの見えない不況と、あってなきが如き社会保障制度に喘ぐソ連の国民が、好景気に沸くアメリカ社会の実態を間近に垣間見る機会があれば、彼らが現在の体制に疑問を抱き、やがて不満が爆発するであろうことは十分に予見できた。
そして、この自国民による「内圧」がアメリカによる「外圧」よりもはるかに強い力となって、実際にゴルバチョフ政権とソビエト共産党を根底から揺さぶり始めるのに、そう時間はかからなかった。
翌年モスクワを訪問したレーガンを、ソ連のメディアはまるでハリウッドスターのような扱いで好意的に迎えた。
あるジャーナリストから、まだソビエトのことを「悪の帝国」と考えているかと質問されたレーガンは、はっきり「いいえ」と答え、「あれは別の時、別の時代のことを指した言葉です(“I was talking about another time, another era.”)」とつけ加えることを忘れなかった。
そんなレーガンに、ゴルバチョフはモスクワ大学で自由貿易市場についての特別講義をすることまで依頼している。
後に回想録『An American Life』の中で、レーガンは当時ソ連が取りつつあった新しい方向を楽観的に見ていたこと、腹を割った会話ができるまで気心知れる盟友にまでなったゴルバチョフに対しては極めて親密な感情を抱いていたこと、そして大規模な改革を急速に断行するゴルバチョフ政権の帰趨や本人の生命を真剣に心配していたことなどを記している。
また当時、2人の親密な関係を指して「Rega-Chev(レガーチェブ)」と読んだ新聞さえ出現した。
また、冗談交じりに宇宙人の襲来を仮定した米ソの冷戦終結と協調の可能性をゴルバチョフと語ることもあり、この比喩は1987年の軍縮のための国連演説でも用いられた。
こうして一度動き始めた改革の流れは止まることを知らず、日を追って、しかも誰もが予想し得なかった速度で、その勢いを増していった。
「レーガン・ドクトリン」によって地道に支援されてきた東欧の反共産主義運動は、モスクワの屋台骨が揺らぎ始めると、1989年8月、ハンガリー政府当局が約1000人の東ドイツ国民を自国経由でオーストリアに脱出する手助けをするという「ピクニック事件」が起きたのを皮切りに、11月にはドイツでベルリンの壁が崩壊し、チェコスロバキアではビロード革命が共産党による一党独裁を廃止、12月にはブルガリアの共産党政権が崩壊し、ルーマニアではチャウシェスク独裁政権を血祭りにあげるなど、東欧諸国は雪崩を打って民主化を果たし、ここに冷戦は事実上終結した。
ソビエト連邦が解体されたのは、それから2年後のことだった。
1980年に国際連合で採択された特定通常兵器使用禁止制限条約には1982年に署名した。
【1人知性連合会議】-議題1169
✳️ MMTとは、「自国通貨を発行する政府は、高インフレの懸念がない限り、財政赤字を心配する必要はない」という理論。
【安東恭助解答】
根本的なところが間違っているのだ。
資本主義なんて制度は、人間が勝手に作った制度なのだから、世界一斉にやめてしまえば、どんな赤字でもどうにでもなるだろう。
しかし、ゲ-ムと同じでしっかりしたルールがあり、それを一部で崩してもどうにもならず、世界一斉に崩せないならば、ソ連がレーガンにやられたように経済的にダメージを受けるのが当たり前の事だ。
家計簿と一緒だ。
収入が減っているのに、支出を一気に減らす決断の覚悟ができない現政権は幼稚な精神構造をしていると判断せざるおえなくなるだろう。
バランスの神様からとんでもない仕打ちを受ける事になるだろう。
✳️現代貨幣理論 (Modern Monetary Theory、略称はMMT)、現代金融理論(げんだいきんゆうりろん)、あるいは新表券主義(しんひょうけんしゅぎ、英語: Neo-Chartalism)とは、現代経済の貨幣が借用書により成立していることを捉え、政府は税収に制約される必要はなく、任意の自国通貨建て国債発行により財政支出量を調整することで、望ましいインフレレベルを目指す経済政策を行うことを理論的主柱としている。
★ノストラダムスの大予言★
日本国を東京オリンピックが終わると同時に、麻薬と犯罪が蔓延化するスラム街だらけにする計画が影で進んでいるという。
下記事件もなんの予言かわからないが、第三次世界大戦が始まれば、日本国だけでなく、世界中で恐怖が蔓延化していくのだろう。
✳️『未亡人と処女の無実の血。大量の諸悪の事件は大ロゲの手段。激熱の大蝋燭に浸す見せかけの神聖。恐怖と畏敬でイガを見せない』
知連『東京ソーシャルカレッジ』構築しよう!
②『歯美ing』➡︎形、意匠を変えるだけで歯ブラシの概念を変革する事を証明した革命的商品になるでしょう。
知連のやるべき発明やアイデアの参考へ。
アメリカ有名大学教授も良い新しい発想の歯ブラシだと述べている。
歯肉炎の出血がすぐ止まったと患者さん達から絶賛。
介護用歯ブラシとして良いのではと医師達から提案。