松川奮闘記 | アルファスタッフ の熱血ブログ

アルファスタッフ の熱血ブログ

愛知県名古屋市の人材派遣アルファスタッフです。

弊社は主にサービス業に特化した人材派遣を行っています。そんな弊社の熱血スタッフが更新するブログです。愛知・岐阜・三重のお仕事をお探しなら、ぜひアルファスタッフへ。

どうも! アルファスタッフの松川です。

みなさんアケオメっす(^-^)/
突然ですが、今回のテーマは『僕のおばぁ』について書きたいと思います!
あっ、皆さんハンカチは必須なのでよろしく!!

ちょうど、一週間前に実家から連絡が入り、『おばぁ』の訃報を知らされました。 しばらく沖縄に帰省してなく大好きな『おばぁ』が亡くなった事実に戸惑いながらも、急いで航空チケットの手配をし、連絡を受けてから2時間後には飛行機に乗っていました。
沖縄に着くや急いでタクシーに乗り込み実家までできる限り運転手さんに飛ばしてもらいました。

家に着くと、いつも『おばぁ』が座っていた椅子がなく、大きめの箱に白い布に顔を覆われた『おばぁ』が横になって寝ていました。
90年間、山あり谷ありの人生。戦争も経験し、誰よりも家族の平和を願って生きてきた『おばぁ』が最期は幸せそうに寝ていました。

そんな『おばぁ』の容体が急変したのは、先月中旬ごろ。
元々、高血圧で不整脈の身体で最近では車椅子で生活をしていました。 ある朝、同居している僕の母親が『おばぁ』を起こしに声をかけたところ、脳梗塞で倒れている『おばぁ』を発見し、すぐさま病院へ。
年齢も年齢なので、手術する術がなくもっても2、3日とお医者さんの話。
そんな中、看護士をしている従兄妹が付きっきり面倒を見る事をお医者さんに約束し、実家で引き取る事に。
従兄妹は数多い『おばぁ』の孫の中で唯一赤ちゃんの頃から『おばぁ』に育てられてきた云うならば育ての親。
そんな『おばぁ』の最期は住み慣れた家に帰したいと言う最後の親孝行。
渋々、お医者さんも納得したという。

家に戻ってからの『おばぁ』の容体は2、3日がヤマだと言われていたとは思えないほど、安定しだして最終的には倒れてから一ヶ月も経過していました。
その間、毎週末には親戚一同集まって家族揃って食事をしていたり、家の中には常に賑やかな雰囲気を作っていました。

しかし、先週日曜日にいよいよ脈拍も安定しなくなって最期の時が近づいてきて、看病していた従兄妹も最期の時が来るのを分かって、親戚中に連絡をし始めました。

そして、最後の親戚に連絡して全員に連絡が回ったその時、『おばぁ』は静かに息を引き取りました。
最期に看病してくれた従兄妹にありがとうと伝えて安らかに眠りました。

お医者さんの確認が取れて、『おばぁ』の御臨終が分かった時、女性の孫一同が自宅のお風呂で『おばぁ』をキレイにしてあの世へ旅立たせてくれました。 その時の『おばぁ』の顔は幸せそうにしていたと聞いています。


僕が『おばぁ』に対面するまで、そんな事があったと聞くと、僕は何もしてやれなかった。 元気な声も聞かせてやる事も出来なかった。
しかし、看病してくれた従兄妹が僕に『お前は元気に生きていればそれでイイよ。 生前からみんなの健康を願っていたからさぁ』

・・・みんな元気に生きなさいよ。


他愛もない事だけど、『おばぁ』が1番みんなに伝えたかった事を胸に刻みながら、僕はこれからも頑張って生きていきます。



と、まあ誰にでも辛い別れはあると思いますが、僕は初めて今回は辛い別れではなく自分に対するメッセージが残されている別れと感じました。
その答えは捉え方によって色々あると思いますが、まず健康第一で生きて行こうと思います!!


でゎでゎ( ´ ▽ ` )ノ





iPhoneからの投稿