七田式アルファグループ、
講師のAIです。
ブログをご覧いただき
ありがとうございます。
七田式アルファグループを
卒業後、司法試験に合格した
〇〇くんのお話第3弾です![]()
司法試験に合格しました!!️第3弾
急遽◯◯くんも来ることになり、
3人で乾杯することになりました![]()
「何十年ぶりかしら?
どこかですれ違ったとしても、
きっとわからないよね。
聞きたいことがいっぱい…。」
ワクワクしながら
待ち合わせ場所に到着。
「せんせ〜い」
声の方を振り返ると、
懐かしい顔がふたつ…。
◯◯くん、小さい頃の
面影があるある…。
ひとめもはばからず、
3人でハグして大はしゃぎ。
さ〜て、乾杯が済んだところで、
本題に入りましょう![]()
まずは〇〇くんについて
簡単にご紹介。
◯◯くんは、実は帰国子女です。
小4の頃、お父様が仕事で海外赴任。
デンマークに2年、ドイツに2年、
小4から小6までの
4年間を海外ですごしました。
最初のデンマークでは、
まだ英語が話せないこともあり、
コミュニケーションが難しく、
随分苦労したそうです。
自分のアイデンティティが
解らなくなり、どこにも居場所が
ないように感じ、悩んだそうです。
その後ドイツに移ってからは、
英語も話せるようになり、
友達もでき、海外生活を
楽しむことができるようになったとか。
ここで、
①「お母様の素晴らしい決断」が、
◯◯くんの進路に大きな影響を
与えることになります。
海外では、帰国してからの
進学のことを考え、日本人学校に
通わせることが多いそうです。
ところが◯◯さんは、せっかく
海外に来たんだから、と、
インターナショナルスクールで、
徹底的に英語を
習得させる方を選びました。
これからは、絶対に英語が
武器になるはず…と。
中1で日本に帰国し、
同志社国際に帰国子女枠で入学。
ところが、海外の楽しい
学校生活のクセが抜けず、
全く勉強しなかったそうです。
高校生になっても同じ。
「テスト前でも、
勉強しているところを
見たことがなかったです。」(母)
そのような状態で、
当たり前と言えば当たり前だけど、
成績は、勿論、後ろから数えた方が
早い早い、という、
惨憺たる状態だったそうです。
そこで②「お母様の素晴らしい決断」、
◯◯くん曰く、
「悲惨な成績で進級も
おぼつかないような状態なのに、
母に、勉強しなさい、と、
一度も言われたことがないんです。」
お母様曰く
「私の母はとても教育熱心で、
毎日毎日勉強勉強と
言われ続けてきました。
それがとても辛く苦しかったので、
我が子にはそんな思いを
させたくなかったからですよ。
それに、慣れない海外で、
辛い思いをしながら
頑張った子だから、
きっと大丈夫、と、信じていました。」
とは言え、高3になり大学進学が
間近に迫るも、成績は相変わらず
奮わず、通常の同志社国際から
同志社大学への進学すら
難しい状態だったとのこと。
ところがここで、
①の「お母様の素晴らしい決断」が
功を奏することになるのです。
「普通なら、あの成績では
同志社大学への進学は
難しいのですが、
英語の検定試験に合格すれば、
同志社大学の法学部に
進学させてもらえることに
なったんです。」(母)
海外で英語に力を入れたことが、
功を奏したのですね。
辛うじて英語の検定試験に合格![]()
同志社大学法学部へ
進学することが決まりました。
ここが運命の分かれ道、
とでもいうのでしょうね。
始めは全く興味がなかった
法律の勉強に、だんだん
興味を持ち始め、ついには、
同志社大学卒業後、
慶應大学大学院の法科に入学、
司法試験を目指すことに
なるのですから…。
初めての司法試験は失敗、
2度目の司法試験で
見事に栄冠を勝ち取りました![]()
いかがですか?
やっぱり子供の潜在能力って、
スゴイですね。
本気でやりたいことを
見つければ、猪突猛進![]()
できるんですね。
勿論、お母様の素晴らしい決断と、
我が子をいつも信じ、
見守ればこそですが、
それでも、最後は本人の
やり抜く力ですからね。
う〜ん「さすが七田っ子」で、
締めくくらせてくださいね。
七田の先生をして、
本当によかった
️
とつくづく思いました。
お父さん、お母さんファイト〜
子供たちファイト〜
応援してるからね〜![]()
七田式アルファグループを
卒業して大きく一歩を
踏み出した〇〇くん。
これからの活躍が楽しみです!
また卒業生の様子を
ご報告させていただきますね。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
