アストンマーティンDB2の違い・・・
アストンマーティンDB2シリーズ
1951年より造られたこのモデルは大きく分けて4種類のモデルが存在します。
今回は大きな違いを外見から紹介します。
まずは原型ともいえるDB2。
初めて搭載された6気筒エンジンを収めるフロンとカウルの形に注目!
このモデルより現在に繋がるグリルデザインが使われるようになり(ASTON MARTINの「A」をモチーフにしたという説もある)それまでのボディデザインとはまったく違った新しいスタイルになる。
フロントガラスの前にある「エアーインテーク」はその下にあるヒーターコアにフレッシュエアーを入れるための導入口。
このデザインも形を変えながら長きに渡りボディラインに継承される。
フロントガラスも、この時期はまだラウンドしたガラスの採用が無く、センターで別れている2枚構成である。
DB2/4
それまでのDB2が4シーターになったのが大きな違い。
もちろん細かい違いは沢山あるものの、あまり気が付かないのはフロントノーズの高さ!
ライトの下側を上の写真と比べると一目瞭然ですが、一説によると対米輸出のためにライトの高さ規制がありその基準をクリアーする為の変更だったとか。
4シーター化に伴うルーフラインの変更は大きく、リアはハッチが付いて荷物の出し入れは容易になった。
DB2/4 mk3
このモデルの前に「mk2」と言うモデルもあったのですが、フロント周りからの変更はほとんど無かった為「mk3」へ。
フロントノーズはより低くなり、それに伴いグリルの形も大きく変更される。
ブレーキもこのモデルよりフロントにディスクブレーキが選べるようになったりと性能面でも大きく進化したモデルである。
このモデルのフロントスタイルからは、後に出ることになる「DB4」の印象を感じることができると思います。
アストンマーティンDB2と言ってもこんなにモデルがあり違いも大きく、見る人を魅了する材料が幾つもあることが少しでも分かっていただければと思います。
そんなアストンマーティンも、この時期より世界中にレースをしに行くことでメーカーとしてのステイタスを上げていくようになります。
そのときのレーシングカーがこの「DB2」!
当時のワークス体制で数台のDB2が走っている写真は今でも見る事ができます。
その後には「DB2」をベースにした純粋なレーシングモデルの「DB3」「DB3S」とデリバリーされましたが、ワールドチャンピオンシップでの大きな成績は残っていないようです。
しかしながらこの「DB3」の内の1台は、日本のエンスージアストの手で国内に輸入されて日本の道を走っていたことがあるんです。
そんなすばらしい車も今は海外に出てしまいましたが、日本国内にはまだまだいろんな車があるんですよ!


