デイヴィッド・ブラウン! | 赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」

デイヴィッド・ブラウン!

ご存知の人は多いと思いますが・・・


アストンマーティンの車名に使われている「DB」ってこの人のイニシャルなんです。


戦後1950年代の「DB2」から始まって、

DB2

DB2/4

DB3

DB4

DB5

DB6



ここでモデルは「V8」になり、経営は「デイヴィッド・ブラウン氏」から替わっていきます。

1990年代半ばより、激動の中のニューモデル「DB7」で新たに復活した「DB」のネーミングは現行モデルの「DB9」まで引き継がれています。

赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


そんな「デイヴィッド・ブラウン氏」がこんな方なんです。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」

「デイヴィッド・ブラウン氏」がアストンマーティン社の社長になって初めて作ったモデルがこれ!


当時のモデル名は正式名称 「2Litter Sport」 


当時の技術(戦前の技術)をふんだんに使ったニューモデルではあった物の、第2次大戦後の自動車の進化の波に乗り遅れ感たっぷり!


すぐに6気等のエンジンを開発し、ニューモデルの「DB2」をデビューさせる。


そんな時代の狭間に生まれたのが私の乗ってる「DB1」で生産台数はたったの15台。


この写真(車の方)は1970年代後半の物だと思いますが、私の「DB1」が写っています。


この「DB1」は日本に来る前はイギリスにいて、向こうでは1981年のコンクールで優勝したこともあるんですよ。


世界中で現在普通に走るとこが出来る固体は何台あるんだろう・・・


2年前にイギリスのアストンマーティンオーナーズクラブの事務局に行った時にヒストリアンにチョット聞いたら


「DB1なんてモデルは存在しない!」


「君の車は 2Litter Sport って言うんだよ!」


って教えてくれた(もちろん知ってますよ!!!)後に・・・


「そんなにしっかりと走れるのは君のだけではないだろうか?」


って言ってました。


もちろん彼が全てを把握しているわけではない物の、私が知る限りここ数年来2台がマーケットに出たことがありましたがコンディションはどうなんでしょう。


アストンマーティンの歴史上、とても希少なモデルとしてこの世に生まれたこの「2Litter Sport」


大切に後世に残していくことがこの車のオーナーに与えられた使命だと思って大切にしてます。


結構しっかり走らせてますが、メンテナンスもしっかり毎回してますのでノントラブルです。


次に走らすのはどのイベントになるんだろう・・・




No ASTON MARTIN No Life!