あと何回顔を合わすことができるのか

あと何回会話をする事ができるのだろうか


違う道程を歩いてしまえば

違う環境に身を置かれたら

何もできなくなっちゃうんじゃないの?


他愛もなく交わす雑談も

その様子に笑い合うことも

もちろん姿を見ることもできなくなる


同級生 友人 アルバイト仲間


親密さにはそれぞれ差はあるものの

今みたいに自由に顔を合わせなくなる


なんだか寂しいな

いつまでも続くと思っていた日々が

有限であるということを

わかってはいるものの

忘れた振りして過ごしてきた


今思えば 後悔することなのかもしれない

その反面 これでいいんだって思ったりもする

どちらが真実かなんてわからない

けれど 思い出す度切なくなる



技術が進歩するに連れて

僕達は多くの選択肢を持つようになった

今までなら知らないで終わった情報も

頼んでもいないのに知ることができる


それは好みの書籍の情報であったり

芸能人の恋愛事情であったり

個人の感情表現だったりする


右から左へ受け流すように情報を扱い

気になる情報をピックアップする

本来なら触れなかったかもしれない事に

一喜一憂して悩んだりする


それは可能性が増えるといった意味では

有意義なことなのかもしれない

けれど 選択を迫られるたびに

それを選んできたことが正しかったと錯覚させられる


可能性が増えることは逆手に取れば

選ぶ必要のなかった事を選択しなくてはいけないということでもある

選択肢の増えることは自分の道を作ることに繋がっている

選ばせる事である程度のレールを作ってしまっている


そう考えると なんだか疲れてくるんだ

重要な事とそうでない事の区別をつけることが

時々面倒くさくなる事がある

夢中になることで気分が躁状態になり

それが過ぎ去ってみると

とたんに鬱に似た状態になる


何に感動して 何に涙して

何に怒ればいいんだろうか

自分ではどうにもならないことを考え

自分で何とかできることにさえ無関心になる


誰かの反応を気にして

予想外の反応に戸惑い

自分自身の感情を上手く表現できなくなる


たいした知識も記憶力もないくせに

頭でっかちにそんな事ばかり考えている


読みたい本が多すぎて時間が足りない

感情を表現したいと思っても

上手くまとまらなくて相槌を打つだけになったり

それで 適当な言葉を並べてしまう


人は自分の事をどう思っているんだろう

うざったい奴だと思っているのかな

その笑顔の裏に違った感情がないか

僕みたいに適当な言葉を並べてるんじゃないか


自分の都合を人に押し付けて

自分だけ楽になろうとしてないか

それは自分自身にも言えないか


曖昧な態度にイライラして

もっとはっきりとものを言えよ


あれ 僕自身を見ているみたいじゃないか

空を見上げなくなってどれくらいか


最近足元ばかり見ている気がする

ため息ばかりついて

“幸せ逃げちゃうよ”

なんて 言われたりして


多分 不幸せではない

けれど 幸せでもない

その中間をノッソリと歩いている


冬だからって部屋に篭ってばかり

布団が恋しい季節なのです