普段は沈黙を守るそいつが
今日突然意志を持った
一定の音量で音楽を流していたが
急に音量を最大まで上げた

僕が電源を落とすと
そいつは途端に無口になる
また沈黙を始めるわけだ

しかし 今日は違った
しばらくすると
再び大音量で音楽を流し始めた
断固交戦すると宣言したのだ

僕は何度も電源を落とすも
彼は何度でも立ち上がり 声の限り戦った
最終手段として僕は電源を引っこ抜いた
すると 今までの抵抗空しく彼は敗北した


それっきり彼は二度と動くことはなかった
哀しい詩だね
僕はそう君に言った


『哀しい』
果たしてそうなのか
僕は何でそう答えたんだろう


今思えば それは
『切ない』じゃないか
そんな気がするんだ


君の部屋のその存在が
『哀しい』と言わせたのかもしれない
僕はその本を手に取った。何の変哲もないただの本を。その本の表紙には何も書かれていない。何の本であるかが記されていないのだ。少し埃を被ったハードカバーの本。厚さは文庫本くらいの厚さで、ハードカバーとしては薄いくらいだ。オレンジ色の淡い光沢を持つ本。埃を払うとその部分だけ鈍く光った。その美しさに僕は心を奪われた。

『何としてもこの本を手に入れたい』

そんな衝動に駆られて、僕はその本をレジまで持っていった。

「いらっしゃいませ」

マニュアル通りの台詞を店員が言う。僕の手からその美しい本を受け取ると、パラパラと本をめくり点検をしているようだった。僕はその行為が許せなかった。

「おい、君。僕が買おうという本をどうしてそうやってパラパラとめくるんだ。君にどんな権利があってそんなことをすると言うんだ。」

僕は顔を真っ赤にして店員に向かってそう怒鳴った。すると店員は表情も変えずにさらっと言い放った。

「この商品をお客様にお渡しする前に、こちら側で点検させて頂くことになっているのです。そうすることで、お客様にお渡しする前に乱丁や落丁を発見することができますのでお客様に不愉快な思いをさせることなく商品をお渡しすることができるというわけでございます。」

なるほど、確かにその通りかもしれないが僕にとっては誰かの手に触れて本のページをめくられる事ほど腹の立つことはないのだ。しかも、僕がここ最近では見ることのできなかったどうしても欲しいと思える本だ。それを断わりも無しに勝手に見られたのだから、やはりは腹が立つ。なにしろ、店員の矛盾や文句の付けようのない完璧な対応が益々僕の心を鋭いナイフで抉り取ってしまうのであった。

「確かにその通りかもしれないが、僕にとって自分の購入する本を他人にベタベタと触られるのは非常に不愉快なんだ。一体この気持ちをどうしてくれるんだ!」
「申し訳ございません。お客様のお気に触るようなことをこちらの不手際で行ってしまったことを深くお詫び申し上げます。すぐに代わりの本にお取替えいたしますので、少々お待ちくださいませ。大変申し訳ございませんでした。」

僕の怒りを察してか、店員はすぐさま謝罪の言葉を述べて代わりの品を探しに店内を小走りに駆け抜けていった。その様子を見て、僕は少し強く言い過ぎてしまった事に反省すると共に申し訳なく思った。店員が新しい本を持ってきたら、先程の自分の態度を詫びて感謝の気持ちを伝えようと思った。しばらくして店員は代わりの品を持ってレジに戻ってきた。

「大変申し訳ございませんでした。こちらが代わりの品でございます。」

店員の手からオレンジ色の表紙のあの本が僕に渡された。しかし、その本は先ほど僕が持ってきた本と同じ本であって同じ本ではなかった。そもそも、あの本にタイトルが無かったのに店員はどうやって探してきたのだろうかと疑問に思ったが、そんなことはどうでもよく、この本はあの本とは違うのだ。惹きつけられるような魅力がこの本には備わっていない。自分の手に吸い込まれるようなあの感覚もない。これでは納得できない。店員は代わりの品を用意できたことに満足そうな顔でいかにも業務的な笑みこちらにを向けていた。

「先程は急に怒鳴ってしまって申し訳なかった。こちらとしても大人気なかったと反省している。すまなかった。と言った手前で申し訳ないのだけれど、この本は僕が先ほど持ってきた本とは少し違うようだ。確かにオレンジ色の表紙であることは間違いないのだけれど、先程の本に感じた魅力がないんだ。もう一度先程の本を見せてくれないか?」

僕の言葉に店員は表情を歪めたが、「かしこまりました」と言って先程の本を僕に差し出した。けれど、どうしたことかその本からもまったく魅力を感じられなくなっていたのだった。他人の手に触れてしまったことでその魅力はどこかに飛んでいってしまったのだろうか。

「うーん、どうしたことだ。一体なぜこの本を僕が買おうとしたのかがわからなくなってしまった。」

僕のその言葉にひどく店員は混乱した。もしかすると、頭のネジが外れてしまってるんじゃないかと思ったかもしれない。僕は人より被害妄想が大きいらしく、マイナス方面に物を考えすぎる。しかし、店員は案の定、苦笑いをしてこちらの様子を見守っていた。

「わかった、両方とも買おう。えーっと、いくらかな?」

僕がそう言うと、店員は困った顔をしながらレジに本のバーコードを読み取った。

「に、二点で一万円になります。」
「1、一万円!?」

僕はその金額に驚愕した。ハードカバーで魅力的な本だったとはいえ、その本は一冊五千円もしたのだ。買うと言った手前に引き差があることのできなくなってしまった僕は

「じ、じゃあクレジットカードで…。」

と言って財布からクレジットカードを取り出し、店員に差し出した。僕は店員が気まずそうにクレジットカードの取引作業をしているのをしばらく見守っていた。僕はクレジットカードを受け取るとそそくさと書店を後にした。

今でもその本はあの時の魅力を取り戻すことなく僕の部屋の本棚に二つ並んでいる。


(了)