鬼は言った。
「お前は鬼に生まれるべきだったのだ」
僕は反論した。
「僕が鬼であるわけがない。例え鬼であったとしても、君らのように忌み嫌われるような存在にだけはなりたくない。第一、僕は豆が大好きなんだよ。ムシャムシャ」
鬼は憤怒した。
「自分の立場がわかっていないのだな。お前はこうして鬼ヶ島にいる。鬼ヶ島にいる限りお前は鬼として生活する以外は食われる他はないのだ」

やれやれ、いったいどうしてこんなことになってしまったのだろうか。僕は気がつくと、大きな鬼の目の前にいた。今さっきまで太巻きを大きな口を開けて咀嚼していたというのに。太巻きを食べ終わると、どういうことか僕は鬼の前にいた。太巻きが僕をこんな場所に運んでしまったというのだろうか。実に面白い。
どういうわけか片手に掴まされていた豆を鬼に向かって投げてみる。勢いよく投げた豆は鬼の顔に命中し、方々に散った。その様子に鬼は少々ひるんだ様子だったが、すぐに怒りを露わにした。
「貴様、自分が今置かれている状況がわかっていないようだな。貴様の命は俺の気分に左右されるということを。貴様を丸呑みにしてしまうくらい俺にとっては赤子を捻るよりも容易いことなんだぞ。」
大地を揺るがす大きな声で鬼は僕を威嚇し始めた。やれやれ、昔話の桃太郎で描写されている鬼と似ても似つかないくらいの化け物だな。話の中の鬼なんて、まさに子供騙しもいい所だ。いや、子供騙しだったな、あれは。

「わかりました。あなたの言うとおりです。大変失礼しました。」
僕は鬼に敬意を払いながら跪いて頭を下げた。その途端、待ってましたとばかりに腹の虫が鳴った。
「なんだ貴様! まるで俺を馬鹿にしているようじゃないか。」
鬼はまたしても鬼気迫る表情で憤怒した。背後にそびえる山が火を噴き、空から大きな岩を降らした。ドスンと大きな音を発てて岩は地面に衝突し、大きな振動で僕の体をその反動で空高く舞い上げた。僕は地面に叩きつけられ、腰を強打した。
「わかりました、わかりましたからどうかお怒りを鎮めて下さい。お願いします。」
僕は鬼にそう哀願すると、徐々に山の噴火はおさまって大地の揺れも無くなった。
「気に食わん音だ。貴様の小さな体から発せられるそのヘンテコな音は俺を不快にさせる。そいつをよこして貰おうか。」
腹の虫をくれと言われても、僕にはどうすることもできない。僕は腹の虫を満足させるべく手に掴んでいた豆をひたすら食べた。

そういえば、今日は節分だったな。歳の数だけ豆を食べると何が起こるんだっけ。鬼に殺されるかもしれないという状況に、そんなことを考えていた。
「貴様、何をしている。豆を食べているのか。な、なんだ! 体が小さくなっていく…。」
豆を一粒食べるごとに鬼は小さくなっていった。こりゃあいい、豆を食べれば食べるほど鬼が可愛らしくなっていくではないか。
「ははは、こりゃあいい。鬼は外、福は内ってか?」
僕はいい気になって手にしていた豆を小さくなっていく鬼に投げつけた。鬼は頭を抱えて逃げ回っている。
「こ、こら! やめないか!」
先程の迫力は何処へやら、すっかり鬼の声も可愛いらしくなってしまっていた。これじゃあまるで鬼をいじめているようだ。

やがて、鬼は豆粒ほどの大きさにまで小さくなってしまった。鬼の声はもう僕の声に届かない。
「これくらいにしてやるか。鬼何処かへと消えてしまったようだしな。」
さて、どうしたものか。急に来てしまった鬼ヶ島に僕は一人取り残されてしまった。どうやらここで生活するしかないようだ。幸いここでの生活に困ることはなさそうだった。鬼が溜め込んでいたと思われる財宝が洞窟の奥に山ほど用意されていたし、特大のサイズの船も島の海岸に停泊していた。食料が無くなったとしたら、それで外の町に出かければいい。
「ははは、なんだかんだでこの島にいるのも悪くないかもしれない。」
僕はそんなことを考え始めていた。

声高らかに笑う僕の頭にうっすらと角が生えつつあるのには誰も気がつくことはなかった。


(了)